Amazon宇宙便は実現するか

もっとも、ベゾス氏とブルー・オリジンにとって、衛星の打ち上げ受注は序の口にすぎない。冒頭で述べたように、彼らの真の目的は人類の宇宙進出にある。

その構想は、例によって例の如し、まだ多くは語られていない。しかし3月2日、ベゾス氏がオーナーを務めるワシントン・ポスト紙は、「ベゾス氏は、将来人類が月で生活するために、Amazonのような宅配サービスを行うことを考えている」とする記事を掲載した。

この記事によると、ブルー・オリジンは今年1月、米国航空宇宙局(NASA)とトランプ政権に対し、「資金さえあれば、2020年代の中ごろまでに、月へ物資を定期的に送り届ける、Amazonのようなサービスを実現できる」と提案。そしてそれにより「将来、月を人類が永住できる場所にしたい」とアピールしたことが報じられている。

また、同社はすでに「ブルー・ムーン」と名付けられた、月輸送船の開発を始めていることも明らかにされた。ブルー・ムーンはニュー・シェパードの技術を使って開発されるとされ、月の南極にあるシャクルトン・クレーターへの飛行、離発着を考えているという。

シャクルトン・クレーターはその立地から、クレーター周辺はほぼ絶え間なく太陽の光が当たり続ける領域になっており、太陽電池を設置すれば安定した発電が可能になる。一方、クレーターの底は、逆にほとんど日の光が当たらない領域になっているため、水の氷が埋蔵されているのではと推測されている。水は飲料水などに使える他、電気分解すれば水素と酸素になるため、ロケットの推進剤としても使える。ブルー・ムーンはまさに、その水素と酸素を使って、月と地球を往復するという。

ブルー・ムーンの打ち上げは、ニュー・グレンはもちろん、近い性能をもつ他社のロケットでも可能で、NASAからの資金提供さえあれば、2020年には打ち上げることが可能になるという。

さらに、2016年に初めてニュー・グレンの存在が明らかにされた際には、おそらくは月への有人飛行を目的とした、より大型の「ニュー・アームストロング」ロケットを開発する構想もあることが明らかにされている。これらを合わせると、ベゾス氏は月の開拓を狙っていることがわかる。

さらに明るい話を付け加えるならば、2020年代に月を目指しているのはブルー・オリジンだけではないということだろう。たとえばNASAは、国際宇宙ステーションに続く次の大型計画として、月をまわる軌道に、他国と共同で宇宙ステーションを建造する検討を進めている。ロッキード・マーティンやオービタルATK、ULAといった米国の名立たる宇宙企業も、それぞれ独自に、あるいは他社と協力する形で、有人月飛行の構想を出している。

ブルー・オリジンにとって最大のライバルでもあるスペースXは、昨年火星への移住計画を発表したが、つい先日には、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げる計画も発表している。月は火星よりも行きやすいため、目標を変更したり、あるいは火星移住を進める傍らで月開発も進めたりすることは難しくない。

このままいけば、2020年代の有人宇宙開発は月が舞台となり、アポロ計画以来の有人月飛行が実現し、それもアポロのようにただ行って帰ってくるのではなく、行って、そのまま月に定住できるような時代がやってくるかもしれない。

もちろん、本当にそうなるか、その答えを出すには、まだ時期尚早かもしれない。しかし、月へ行けるロケットがサターンVしかなかった1960年代とは違い、スペースXとブルー・オリジンの少なくとも2社が、月へ、それも安価で行けるロケットを開発している。今はまだ、月へは「行けるか、行けないか」という時代だが、ひとたび月へ行けるロケットの安定供給が始まれば、そこから先は「行くか、行かないか」という時代へと変わるだろう。

昭和の時代に書かれた本や図鑑を紐解くと、「近い将来、誰でも宇宙旅行や月旅行に行ける時代が来るだろう」という文字が踊っている。残念ながら今日まで、そんな時代が実現することはなかったが、しかし今度こそ、その言葉が本当になり、私たちが生きている間に月に住み、そして食べ物や飲み物、本やアニメを、あのおなじみの箱で受け取るような日が来るかもしれない。

スペースXが計画している有人月飛行で使われる「ドラゴン2」宇宙船 (C) SpaceX

月への有人飛行は、NASAの他、米国の他の民間企業も検討している。画像はロッキード・マーティンの有人月探査の想像図 (C) Lockheed Martin