『灰とダイヤモンド』を見て旅に出た

今回の旅でまたワルシャワに行きたくなったのは、ポーランド映画を見たからだ。1980年代、日本ではポーランド映画がよく上映されていた。当時ポーランドでは、後に大統領になるレフ・ワレサが率いた独立自主管理労働組合「連帯」による民主化運動が活発化していた。連日、新聞の国際面にはワレサや連帯の記事が載り、日本でもその動向が注目されていた国だった。

しかし今、ポーランドは、日本人にとって当時よりなじみが薄くなってきた。同じ中欧・スラブ圏でも、チェコのほうが日本での知名度が高く、日本でもDVDで見られるチェコ映画は数多い。ところが、アンジェイ・ワイダ監督の名作『灰とダイヤモンド』(1958年作・ヴェネチア映画祭批評家連盟賞)すら、日本ではDVDとして発売されていない。amazonで調べると、1990年に発売されたビデオがひっかかるのみである。

『灰とダイヤモンド』は、ポーランドを占領していたドイツが降伏した後の1945年5月におけるとあるポーランドの都市が舞台。ロンドンの亡命ポーランド政府系ゲリラとソ連系の労働者党の幹部とをめぐる話である。東欧のジェームス・ディーンと呼ばれたズビグニエフ・チブルスキーが演ずるゲリラの暗殺者が、ゲリラの幹部とバーで語り合う。チブルスキーは、いままで殺された同士たちの名前を読み上げながら、小さなグラスに入ったウォッカーに火をともす。暗殺者は最後には路上で虫けらのように殺されるのだが、その最後のシーンで高架を蒸気機関車が走っていくのを見て、ポーランドに行きたくなった。

ワルシャワ駅はたくさんある

さて、モスクワからワルシャワに着いたのは夕刻。あたりはもう暗い。日本の旅行代理店からの日程表では、ワルシャワ中央駅着となっていた。しかし、列車はワルシャワ東駅止まり。ワルシャワ東(Warszawa Wschodnia)駅と中央駅の間には、ヴィスワ川が挟まり、歩いては行けない。おまけに、ワルシャワ東駅には、両替コーナーもなく、途方にくれた。

ワルシャワ東駅の乗り換え用地下道。地下道には、雑貨屋が店を出している。明かりは暗い

成田空港で5,000円をポーランド・ズロチにかえておいたのだが、タクシーが安全かどうかわからない。どうも、モスクワから到着した列車は連結をかえて、2時間後にワルシャワ中央駅経由の国際列車となるのだが、雪も降っていてそれまで待っていられない。仕方がないので、英語が通じないインフォメーションで、『ポーランド会話集』を片手に、筆談で尋ねてみる。すると、ローカル線はワルシャワ中央駅には行かず、近くにあるワルシャワ・シルドミェシチェ(Warszawa Srodmiescie)駅で下車する、と教えてくれた。緑色と白のツートンカラーのローカル電車がヴィスワ川を渡ったとき、私は「とうとうワルシャワに着いたのだな」と深い感銘を受けた。

ローカル線の駅は、ちょっと寂しい。グラフィティもあるし。Warszawa Powisle駅

話は変わるが、ワイダ監督の作品に『地下水道』(1956年作・カンヌ国際映画祭審査員特別賞)という作品がある。ドイツ降伏直前の1944年、ワルシャワでレジスタンスが一切蜂起した。いわゆるワルシャワ蜂起である。が、結局は破れ、一部のレジスタンスは地下水道にもぐり逃亡する。このワルシャワ蜂起をテーマに描いたのが、ワイダの『地下水道』である。そもそもこの蜂起はドイツと戦っていたソ連軍がワルシャワに迫ったのがそのきっかけではあるが、ソ連軍は、補給の問題もあるが、なぜかヴィスワ川の向こうで進軍を停止したという。『地下水道』では、地下水道の出口からヴィスワ川に逃れようとしたレジスタントの恋人たちが、十字の排水網にさえぎられて絶望している様子が描かれている

ワルシャワのローカル線の車両。緑と白のツートンカラーが印象的

ワルシャワ鉄道博物館とワルシャワ蜂起博物館

ワルシャワ・シルドミェシチェ駅とワルシャワ中央駅との間はほんの数百mの距離。ワルシャワ・シルドミェシチェ駅と中央駅の間は地下通路でつながっている。中央駅は1階がコンコース、地下1階にホームがある。中央駅は国際列車専用の駅で、ローカル列車は駅構内の外側の地下を通過していく。

中央駅を西方に1km近く歩いていくと、ワルシャワ・オホタ(Warszawa Ochota)駅にあたる。この近くにさらに、ワルシャワ・グローヴナ(Warszawa Glowna)旧駅を利用した鉄道博物館がある。ここは、装甲列車が置いてある知るひとぞ知る博物館。だが、雪で外の展示車両は見られず、ショック。諦めきれずに、谷に敷かれている線路をはさんだ反対方向から、雪をかき分け覗き見る。雪は20cmほど積もっており、あやうく雪に埋もれている穴に落ちそうになった。

ワルシャワの路面電車と文化科学宮殿

ワルシャワ・オホタ駅

この鉄道博物館から10分ほど歩いたところに、ワルシャワ蜂起博物館がある。2004年にオープンしたこの博物館は、日本のガイドブックにほとんど載っていない。しかし、みごたえ十分。驚いたことにこの博物館には、多くの若者や家族連れが訪れていて熱心に見ていた。敷地の中には教会があって、ミサが捧げられていた。寒かったため、うっかり帽子をかぶったまま入館してしまったところ、係員から注意された。つまり、この博物館は死者へのレクイエムという意味も大きいのだ。

線路沿いに鉄道博物館の車両を見る

ワルシャワ蜂起博物館

"ムーン・レイ"と『夜行列車』

話が変わるが、ポーランド映画には名作が多い。この旅から帰ってきて、いくつかのDVDを海外から取り寄せて堪能した。その中で、昨年亡くなったイェジー・カワレロウィッチ監督の『夜行列車』(1959年 イエジイ・カワレロウィッチ監督 ヴェネチア映画祭ジョルジュ・メリエス賞、ルチーナ・ウィンニッカ同演技賞)が、心に残った。この作品は、ワルシャワからバルト海のヘルに向かう夜行列車での一夜の出来事をとらえたもので、男に追いかけられる女、心を閉ざした医者、殺人逃亡犯、不眠症の男、不倫願望の女といわくありげな人々が登場し、モダンジャズ"ムーン・レイ"の調べが、旅情をかきたてる。寝台車両を移動撮影でとらえていくシーンも、その寂寥感とマッチして、印象に強く残る。

私はというと、ワルシャワ駅で2等を1等にかえ、特急でポズナニに行った。コンパートメントの定員は6名だが、相客はわずか1名。同室のThinkPadを使うポーランド人は、「2等はいつも混んでいるので、いつも1等を予約する」ということ。翌日はポズナニから蒸気機関車に乗る予定。無事乗ることができるだろうか。

1等車の車内。廊下とコンパートメント

食堂車ではカツレツを食べる

ポズナニ駅にて