私はどちらかというと心配性なので、何ごとも準備を入念にしないと、実行できないタイプである。

というか、正確にいうと、そういうタイプであった。

切羽詰れば、何とかなる

ところが、最近は以前よりも少し"ええ加減"になってきたのだろうか。たいていのことはそこまで準備を入念にしなくても、切羽詰れば、何とかなることがわかってきた。

すると、どういうことが起こるか。例えば、これまでは何らかの発表やプレゼンテーションの際には、事前に人が驚くような時間をかけて調べ物をしたり、資料を作りこんだりしていた。しかし、最近はあえて本番直前までこうした作業を行わなくなった。

最も、最後まで何も行わないままだと仕事にならない。

もうこれは、最後の、最後の締め切りギリギリのタイミングになり、自分でも追い込まれてきたな~とわかるほどになると、集中して一気に用事を済ませてしまう。

傍から見ていると、何でわざわざギリギリになるまで手をつけないのだろうと不思議に思われるかもしれない。長いこと、ずいぶんと時間をかけた作業を行っていると、自分が本当に集中した時に、だいたいどの程度の最大限瞬発力を発揮できるのかが経験的に分かってくる。

だから、日ごろ余裕を持って仕事を終えている時は、本当はまだまだ余裕があるのだ。余裕があるうちに終えてしまうと、次の仕事を前倒して初めてしまう。そして次の仕事も余裕をもって前倒して完了してしまう。「早く完了する」という意味ではそれに越したことはないが、いつまでも「切羽詰らなく」なるのである。

ところが、切羽詰ったからこそ、結果的に良いできになることもよくある。そういうことが実際にあるからこそ「甘いささやき」に乗ってしまうのだ。余裕をもって完成させた仕事よりも、切羽詰ってその場で考えて、土壇場の集中力で達成した仕事の方が、結果的に「切れ味」が良いことがある。

こうして、最近では時間の「ある・なし」に関わらず、何にもしない待ちの時間を、あえて設けたりする。その間、何かまったく別のことに没頭する。

そういえば、戦国時代のどこかの武将が、合戦の際、本来ならば攻め込んでくる敵の部隊を極限まで引き寄せた上で、鉄砲隊が正面から一斉発砲する手はずのところ、自軍の数名の兵士が焦って早く発砲を開始したせいで、戦力が分散して勝利のタイミングを逸し、大混乱に陥ったという話を聞いたことがある。

もっとも、今は戦国時代ではない。私は戦国武将でも鉄砲隊でもない。なぜこんなギリギリの綱渡り戦法をするのか、少し言い訳っぽくもある。あまり人にお勧めはしない。


<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。(現 株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役)主に企業の戦略PR、マーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2011年から国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立代表理事就任。