「キャリア」に関係するコラムを書いていると、若手ビジネスマンの方から「キャリアアップ」についての相談をよく受ける。その相談の多くは「キャリアアップ=転職」だという前提の相談であることが多い。

中には、もうほとんど本人の心のなかでは「転職」を決意している人もいる。最後の「ひと押し」を私にして欲しいのだろうと思うこともある。しかし、私は「キャリアアップ=転職」だとは少しも思っていない。だから「転職」を前提に「キャリアアップ」について相談された場合は、必ずといっていいくらい、引き止めモードに入る。

望んでいるキャリアアップの種類は?

ところで、キャリアアップには大きく2つしかない。1つは「職種」を追求して 、異なる「組織」での経験を積み上げる場合。もう1つは「職種」は柔軟に考えて、同じ「組織」の中で経験を積み上げる場合。

中には「職種」も「組織 」も同時に両方変わるケース もあるかもしれないが、それは良い意味での「チャレンジ」である。必ずしも「キャリアアップ」とは私は呼ばないことにしている。そういう意味では「キャリアアップ」とは、少なくとも現時点での何らかの「経験」を活かした上でさらに新しい経験を積むものだと思う。ある程度は成功の確実性がないといけない。

話を元に戻す。私にもちかけられる相談の多くが「キャリア=転職」という前提なので、最初に、「本当に同じ組織の中ではキャリアアップを積めないのか?」と聞く。 まずは冷静に「本当に転職する必要があるのか?」と自問自答してもらう。どうしても「転職」をするというならば、「職種」は変えずに、新しい「組織」の中で 経験を積み上げることを進める。全く異なる組織の中で、全く異なる職種で新たな経験を積むことは、30代以上ではリスクの方も高い。

ところが、矛盾するようなことを言うのだが、自分自身の「キャリア」を後から俯瞰すると、必ずしも「キャリアアップ」になるなどとは、その時は思わなかったが、実は「キャリアアップ」につながっていることがある。

どういう時にそういうことがあり得るのか?

それは、自分が経験してきた「職種」と新しい「職種」との間に、ちょっとした「ズレ」があった時だ。

例えば、私自身の経験で言えば、私は長くテレビ局での広報宣伝の仕事をしてきた。主にマスメディアを活用したコミュニケーション方法だった。後にアップルに転職したのだが、 アップルで行ったメールやWebサイトやコールセンターを活用した既存ユーザー向けのコミュニケーション(今でこそ『ダイレクトマーケティング』や『CRM』などと呼ぶ)とでは、全く種類が異なるものだった。

経験を活かしているように見えて、実は経験したことのない経験をしていた。

このちょっとした「ズレ」が、今になって考えると大きな「チャレンジ」でもあった。

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大での卒業式での有名なスピーチに下記の名言がある。

「点と点の繋がりは予測できません。 あとで振り返って、点の繋がりに気付くのです」

しかし、実際には何年もあとになってからしかわからない「繋がり」を意識して新たな チャレンジをすることには リスクが伴う。 そう簡単にリスクある行動を人はとれない。(まして…相談された立場の私は、相談者にリスクをオススメはできない)

だから必ず私は「リスクはなければない方がいい」「全く経験を活かせない転職なんてリスクが高すぎる」「だけど少しはズレがある方転職の方がいい」「今までの自分の経験を100%活かそうなんてセコいこと考えてるとチャレンジにならない」

…などと言っては、いつも相談者をかえって惑わせてしまうのである。だから、あんまりムズカシイ人生の相談は、私になんてしない方がいいのかもしれない。


<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。(現 株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役)主に企業の戦略PR、マーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2011年から国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立代表理事就任。