【コラム】
日本がサッカーワールドカップでわく6月18日、モータースポーツ界で歴史的な事件が起こった。過酷な耐久レースとして有名なルマン24時間耐久レースで、ディーゼルエンジンを搭載したアウディが、なんとガソリンエンジン搭載車を抑えて総合優勝してしまったのだ。
ルマン24時間耐久レースは世界3大自動車レースのひとつで、フランスのルマンで行われる。3人のドライバーが交代しながら、昼夜ぶっ続けの24時間連続でレースを続けるというもので、1923年の開催以来、今年で第74回目の開催となる伝統的なレースだ。
今回、アウディがルマンに投入したのは、5,500cc V型12気筒ツインターボの「TDI」エンジン「R10 TDI」。過給圧はレギュレーションにより2.94バール(気圧)だが、最大出力は478kW(650PS)以上、最大トルク1,100Nm以上を発揮する。パワーバンドは、レーシングエンジンとしては非常に低い2,000~3,000rpmと、低回転で高トルクを発揮するディーゼルエンジンならではのものだ。ちなみに2位のJUDDは、470kW(640PS)、615Nmだった。
アウディはこのマシン2台でルマンに挑み、24時間の総周回数380周で見事に優勝を勝ち取った。レース中の平均時速は215.4km/hにもなる。もちろんディーゼルエンジンでのルマン優勝は史上初の快挙だ。ディーゼルエンジンならではの低燃費を生かし、レーシングマシンとしては燃費の良い100kmあたり約41リッター(リッター当たり約2.4km)で走行。給油のためのピットストップは14周に1度とし、耐久レースで勝敗を分けるピットストップ回数を減らしている。優勝した8号車の予定外のピットストップは、トラブルによるギアボックス交換と、ヘッドライトの不具合によるフロント回りの交換のみ。また、燃費だけでなく、予選で3分30秒466(平均時速233km/h)というトップタイムもマークするなど、圧倒的な速さを見せつけている。
優勝した8号車のドライバーはフランク・ビエラ/エマヌエル・ピッロ/マルコ・ヴェルナーの3人。そのうちビエラとピッロは2000年、2001年、2002年に続く4度目の優勝となり、歴代優勝回数4位にも名を連ねることになった。アウディにとっては2000年に参戦してから6度目、3年連続のルマン優勝となる。なお、2003年はベントレーが優勝しているが、このエンジンもアウディが手がけているため、これを含めると7連続優勝ということになる。なお、もう1台参戦した7号車は3位に入賞しており、2台は7月15日から開催されるアメリカン ルマンシリーズ(ALMS)への参戦も予定されている。
レースで使用したマシンと市販車の技術は相互にフィードバックされており、今回使用されたアルミクランクケースの技術は、今後アウディの量産車両にフィードバックされるほか、1,600バールという非常に高圧のエンジン燃料噴射圧はすでに量産エンジンでも達成されている。日本のディーゼル事情を見ている限りではにわかに信じられないが、世界的にはアウディが販売する2台に1台はディーゼルエンジンを搭載しているという。2007年にはプジョーもディーゼルエンジン搭載車両でのルマン参戦を表明しているなど、燃費が重視される耐久レースでは今後ディーゼルエンジン車が確実に増えそうだ。
日本では、ディーゼルエンジンというと燃料が安くて燃費はいいが、排気ガスが汚いというイメージがある。環境に優しい自動車というとハイブリッドカーが主流だが、ヨーロッパではディーゼルエンジンが次世代エンジンとして注目されており、アウディのようなディーゼルエンジンでのレース参加に繋がっている。
なぜレースに出場するほどディーゼルが優れているのか? ガソリンエンジンは混合気を火花で爆発させているのに対し、ディーゼルは高圧縮・高温の空気に燃料を噴射し、自然着火で燃やしているという大きな違いがある。ポイントは圧縮比だ。ディーゼルは17~25程度まで圧縮比を上げられるが、ガソリンでは異常燃焼(ノッキング)を起こしてしまうため、ここまで上げられない。また、ディーゼルはターボチャージャーとの相性がいいという特徴もある。つまり高い燃焼効率と低中回転から発生する高トルク、低燃費がディーゼルの生命線なのだ。
排気ガスはどうだろうか? ガソリンエンジンに比べるとディーゼルは炭化水素(HC)や一酸化炭素(CO)は大幅に少ない。しかし構造的に噴射した燃料が空気と混ざりきる前に燃焼してしまうので、不完全燃焼が起きやすく、スス(PM、粒子状物質)や窒素酸化物(NOx)が発生しやすいという欠点がある。この不完全燃焼を抑えるためには燃焼する前に燃料と空気を十分に混合すればいい。それを可能にしたのが燃料を高速・高圧で噴射する「コモンレール方式」なのだ。
従来は、燃料の圧力と噴射量の制御を燃料ポンプで行っていた「ジャーク式」が中心だったが、精度や限界値が低いというデメリットがあった。これを圧力はポンプ、制御はインジェクターと分けたのが「コモンレール方式」。共通(コモン)のパイプ(レール)に圧力を溜めておき、インジェクターで噴射量やタイミングを制御することにより、従来から大幅な圧力と緻密な制御を可能にしている。
実は、世界で初めてコモンレール方式の量産化に成功したのは日本のデンソーだが、乗用車用により早く実用化したボッシュのほうが有名になった。第1世代でもガソリンエンジンの10倍以上となる1,350バールの燃料噴射圧だったが、ボッシュが2008年の市場導入を目指している第4世代では、最大2,500バールもの高圧が可能になる。
日本ではディーゼル=環境汚染というイメージが広く定着してしまった。決定打は石原都知事による「ディーゼル車NO」作戦だろう。これでディーゼルが完全否定され、ディーゼルエンジンのクリーン化を行う前に、メーカーは国内市場からの撤退を余儀なくされた。
現在、東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県では、粒子状物質(PM)の排出基準を満たさないディーゼル車の走行は禁止されている。また「自動車Nox・PM法」により、適合しないクルマは継続車検を受けることもできない。こういった規制はEU諸国やアメリカにもあり、NOxとHC(ハイドロカーボン)は90年代初頭と比べて97~98%減、PMは91~96%減が求められている。しかし、こういった厳しい規制値をクリアできれば、今度はディーゼル車のCO2排出の少なさがメリットとなってくるわけだ。
21世紀になって、CO2削減が重要視されている。そのためには燃焼効率のいい、つまり燃費のいいエンジンが必要なのだ。現在のガソリン・ハイブリッドでも燃費はいいが、これをディーゼル・ハイブリッドにすれば、さらに燃費はよくなるはず。メーカーのディーゼル開発も重要ではあるが、もっとも重要なのは「ディーゼルはダメだ」というユーザーの認識を変えることに違いない。
平雅彦(WINDY Co.)
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