しばらく前の話になりますが、財務省は2015年度の国際収支速報で、輸出額から輸入額を引いた貿易収支は6,299億円の黒字(輸出>輸入)となったと発表しました。これにより、貿易収支は2011年の東日本大震災の年に赤字に転落して以来、5年ぶりの黒字復帰となりました。

黒字化の原因は、原油安が寄与していました。実は、この貿易収支が黒字になったり、赤字になったりすることが、ドル/円相場に大きく影響を与えています。はじめに、その仕組みをお話ししましょう。

貿易収支がドル/円相場に与える影響とは?

まず、今回のような貿易収支が黒字化する(輸出>輸入)と、製品を海外に輸出して、その代金をドルで受け取る額が、原材料や製品を海外から輸入して、輸入代金をドルで海外へ支払う額を上回ります。

ということは、ドルで受け取る輸出代金が多いため、貿易黒字が続くと、恒常的にドル売りが続くようになります。

日本は、1965年から大震災の前年の2010年まで、継続して貿易収支が黒字で、そのために、恒常的にドル売りが出続けたわけです。そのため、ドル/円は常に上値が重くなりました。

ドル/円 月足 1971年~2015年

一方、2011年から2014年までは、東日本大震災による福島第一原子力発電所の大事故により、国内のすべての原発が稼働停止となりました。このため、代替エネルギーとして液化天然ガス(LNG)が大量に輸入され、貿易収支は赤字に転落しました。

これが意味するところは、「海外向けの輸入代金の支払いのために、ドルを銀行で買い、それを海外企業に送金して決済した」ということです。つまり、輸出を上回る大量のドル買いが恒常的に発生することになり、これによってドルは押し上げられました。

ドル/円 月足

実際、2012年から2015年の半ばまでの間に、アベノミクスに乗った米系ファンドのドル買いもありましたが、それに加えて恒常的で大量な貿易赤字の発生により、50円弱のドル高円安相場になりました。

しかし、2014年の7月から、原油価格が急落し、そのため、貿易赤字が激減しました。

ただ、2015年はまだそれまで3年以上続いたドル買いの勢いがまだマーケットに残っていため、ドル買いとドル売りが拮抗し、高値圏で横ばいとなりました。

しかし、2015年暮れになると、ドルの下支えが弱まり、逆に原油安による輸入額の減少からのドル売りが強まって、つい先ごろの英国のEU離脱を問う国民投票で離脱が決定されたときには、リスク回避のドル売り円買いが殺到したことから、99円まで急落しました。

このように、液化天然ガスの大量輸入や、原油価格の急落と言った実需取り引きが相場にかなりの影響を及ぼしているかがわかります。

  

最近の相場の流れはどう変わってきている?

そして、ごく最近の相場を見ていますと、相場の流れが変わってきていることを感じます。

既に、申し上げましたように、貿易赤字の場合は輸入のドル買いが多いため、ドル/円は恒常的に押し上げられます。そのため、相場の動きがグイグイと上げ、上げ止まっても下げきれません

それに対して、貿易黒字の場合は輸出のドル売りが多いため、ドル/円は恒常的に押し下げられます。そのため、相場の動きが、上がろうとしても、実需の売りが恒常的に出るため、上げきれません。

むしろ、実需のドル売りを受け止めながら、買ってしまうため、ポジションがロングになり、あるとき、抱えたロングポジションに耐えきれなくなり、ストンと落ちてしまいます。

ドル/円 1時間足

上記の図は、今月に入ってからの、ドル/円の1時間足チャートですが、ふたつの山があり、どちらも急伸していますので、まずは、マーケットは売り上がってショートになり、買い戻したものと思われます。

次の段階は、売っても駄目と思い、今度はジリジリと買い上げていきます。しかし、今度は買い上げてしまったためロングとなり、反落になっています。貿易赤字下のパターンは、売り上がりの買い戻しはあっても、反落ということはありませんでした。

それが、ここにきて、ストンと落ちてくるようになったことで、貿易収支が黒字化して、恒常的にドル売りが出てきていることを感じます。

今のところ、原油価格の低下による輸入額の減少のためだと思いますが、これで輸出額が増加することになると、ドル安円高は更に進行するものと思います。しかも、国内の輸出企業の円高に対する抵抗力が極めて弱まっており、その点からも、円高が危惧されます。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら