• 30代女性「出産は余裕ができてから。20代の頃は仕事の足をひっぱる存在としか考えられなかった。」
  • 20代男性「お金もないのに責任をもてない。この状態で子どもをもつなんて、怖くて考えられない。」
  • 30代女性「私はもう1人子どもが欲しいけど、ダンナさんがこれ以上子育てに時間はさけないから無理だって。」

どう思いますか? 出産は経済的・時間的に余裕がある人のみに許された「ぜいたく」なのでしょうか?

私が小学生の頃に抱いていた人生設計は、「20歳に結婚して、23歳に子どもをうむ」でした。しかし、現実はまったく、まったく甘くない! 学業や仕事をし続け、気づけば30代、そしてようやく出産。

子どもはいらないと思うのも、子どもを持ちたいと思うのも、人それぞれ。皆さんは、子どもの頃に描いていた人生設計を実現していますか? まわりのみんなはどんな人生設計を描き、実際にどんな生活をしているのでしょう?

理想:28.4歳で結婚して、2.12人の子どもがほしい!

2010年6月に、「結婚と出産に関する全国調査」という調査が国立社会保障・人口問題研究所によって行われました。いずれは結婚しようと考える未婚者の割合は、男性86.3%、女性89.4%と高く、結婚したいと思う年齢は、18~34歳の男性で30.4歳、女性で28.4歳となったそうです。昔に比べ、希望年齢が上昇しています。世の中の晩婚化の流れを見て、若い人達がなんとなくそんなものかと思っている? それとも、結婚の魅力やメリットをそれほど感じなくなったということ?

対象は「いずれ結婚するつもり」と答えた18~34歳未婚者。平均希望子ども数は5人以上を5として算出。(国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査 結婚と出産に関する全国調査」よりグラフに加工)

28.4歳での結婚を希望する女性たち。では、希望する子どもの数は?

18~34歳の未婚者の男性で平均2.04人、女性で平均2.12人。30年前に比べ、どの年齢でも希望する子ども数が減っているなか、注目すべきは女性の30~34歳。1982年の時点にくらべ、増えています。体外受精などの「生殖補助医療」が身近になり、高齢でも問題なく出産できるのではないかという考えが広まっているということでしょうか。また、男性のほうが1982年に比べて大きく値が減っています。少子化が問題だと叫ばれていますが、男性があまり子どもをもちたいとは思わなくなったという変化は、大きな影響を及ぼしているのかも。

現実:28.8歳で結婚、初産は30.1歳、子どもは1.96人です

では現実はというと、平均初婚年齢は、男性が29.8歳、女性が28.8歳。ほぼ予定どおり? それとも、現状を冷静にみつめて意識的・無意識的に希望を修正しているのでしょうか?

厚生労働省「人口動態統計」および国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査 結婚と出産に関する全国調査」よりグラフに加工

初めて出産する母親の平均年齢は、2011年には30歳を超え30.1歳。晩婚化・晩産化はすすむ一方。実際に結婚した女性が一生に産む子どもの数(完結出生児数)も減っています。平均2.12人出産することを望んでいるのに対し、実際は1.96人。子どもがいない、または1人の夫婦が増加しています。

寿命はのびる一方で、出産できる期間は短くなっている

ここで、昔と今と、女性の一生を比べてみましょう。

日本の女性の平均寿命は、世界一の座を香港にゆずったものの、85.9歳(2011年)。一方、子どもを産む限界の時期はのびていません。以前の記事でも述べましたが、質のよい卵子がたくさんあり、出産の負担への母体の準備も整っている、妊娠の適齢期(妊孕期・にんようき)<は、個人差はありますが、今も昔も変わらず20代から30代中盤くらいまで。妊娠・出産に適した時期は変わらないまま、初産の平均年齢が遅くなっているので、実質出産できる期間は昔より短くなっています。

厚生労働省「人口動態統計」参照

産まない理由その1:お金がかかりすぎる!

ほしい子どもの数は2.12人、でも現実に産むのは1.96人。既婚者が理想の子ども数をもたない理由も、前述のアンケートでは聞いています。最も多い理由は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」。35~39歳の女性には、「欲しいけれどもできないから」などの身体的理由を選ぶ人が多くみられます。

国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査 結婚と出産に関する全国調査」よりグラフに加工

この選択肢以外にも産まない・産めない理由は人それぞれあるのでしょう。どの理由をみても、胸がしめつけられます。

産まない理由その2:仕事と両立できない!

「お金がかかりすぎるから」出産しない・できない。出産するには仕事をしてお金をかせがねばならない。仕事が忙しくて「自分の仕事に差し支えるから」出産はあとまわし! そして年齢を重ねて、身体的理由で子どもをもつことをあきらめる――。

仕事と子育ての両立はどのくらいむずかしいのでしょうか。

女性の年齢別労働力率:総務省統計局「労働力調査(長期時系列)」およびウェーデン統計局「労働力調査」よりグラフに加工

上のグラフは、各年齢の女性のうち、仕事をしている女性の割合です。日本では、30歳から45歳くらいまで、働く女性の割合が下がっています。「やっぱり仕事と育児の両立は無理」と仕事をあきらめた女性が少なからずおり、その状況を目の当たりにして「私は、今は出産より仕事をとろう」と考えざるをえない女性もいるのかも。「仕事」か「出産」か。そんな苦しい選択をしなければならない状況が、普通なのでしょうか? 仕事も出産も「両方ほしい」はわがまま?

「両方ほしい」がわがままではない国も存在しています。例えばスウェーデン。日本のようなM字型は見られません。

出生率の高い国には、政策などによって子育て費用が軽減されていて、かつ、 男性の家庭内労働の分担割合が高い、という共通点があると一般的に言われています(加えて、スウェーデンなどでは結婚しないまま子どもを産むことが社会的に認知され、婚外子が出生全体の5割を超え、出生率の下支えになっています)。

どれどれ、と男性が育児に使う時間と、子どもの数の関係を探してみました。データは少し古いですが、確かに男性のサポートが多い国では女性が多くの子どもを産んでいる傾向があるようです。

先進国の男性の家事・育児時間割合と出生率(厚生労働省「働く女性の実情」第2-27図)

縦軸は女性が一生で産む子どもの平均の数。横軸は男性が家事・育児にどのくらいの時間をかけているかを表しています。2010年の流行語大賞で「イクメン」という言葉が輝きましたが、世界の中でみると日本の男性が育児に使う時間は短いようです。でもダンナさんばかり責められない。奥さんを助けたい、育児に参加したいと心から願っても、「イクメンしたら、クビになる」と、実行にうつせないダンナさんもたくさんいるでしょう。ダンナさんも奥さんも、歯を食いしばって仕事と育児をしている。余裕があれば出産したいと思っても、余裕がないからあきらめる。やっぱり出産は「ぜいたく」?

苦しいだけだったら出産なんてやめれば?

ここまで書いてきて、この八方ふさがり感に嫌気がさします。ため息をついていると、同僚がつぶやきました。「子育ては大変だ、苦しい、覚悟しろ、耐えるしかない、なんて情報ばかり見ていたら、誰だって産みたくなくなるよ。よっぽど『それでも出産や子育てはいいもんだ!』っていう強い確信がなかったら、踏み出せないよね」。

そういえば、そんな確信は私にはなかった、と思い返しました。おじ・おばたちは遠方に住んでおり、身近に子育て中の親子はいなかった。だから、自分が出産するまで、子どもをもち、育てることがいったいどんな体験なのか想像できなかった。自分が出産して、ずしっと重く温かい赤ちゃんを抱き、しっとりした肌に触れ、はじめて「子どもをもつことのすばらしさ」を衝撃として身体で感じた。

それまで「あぁ、電車でさわぐ子どもなんて嫌だ嫌だ」と思っていた私が、「お母さんも赤ちゃんも大変。もうすぐ駅に着くからガンバレー」とか「窓の外が気になるのね、この景色がこの子にはどんな記憶になって残るのだろう」と、町ですれ違う子どもにも寛容になった。出産経験のない同僚も、赤ちゃんづれで里帰りしたお姉さんとほんの数日、一緒に過ごしただけで、周囲の子どもへのまなざしが変わったといいます。

赤ちゃんを前にどんな感覚をもつかは、きっと人によって違う。文章を読んで頭で理解できるものではなく、実体験でしかおそらくわからない。そのわからないことを体験する機会が、少子化、核家族化で激減。そして、実感がわかない状態で、「出産・子育てはつらい」という情報だけが蔓延。この状態が、もしかしたら私たちの根底に流れる「出産を積極的には考えられない気持ち」につながっているのかもしれません。

「試着」や「試食」のように、試してみて気に入らなかったらやめるなどということができない子育て。誰だって、未知の世界にリスクをおかして進むのはこわい。子どもをもつことの大変さと楽しさ、子どもを持たないことのいいところと悪いところ、その両方の両面が見えれば、悩みながらもどちらかを納得して選択できるのではないでしょうか。ただし、妊娠・出産に適した時期というリミットの前で、私たちが悩んでいられる時間は限られています。

次回は、高齢出産などのむずかしい妊娠・出産に、カップルとともに必死にとりくむ、不妊治療クリニックの内部からレポートします。女性の「おなかの中」の環境を体の外につくりだす最先端の技術とは? たずさわるスタッフの方々の思いにもせまります。

著者プロフィール

松山桃世
日本科学未来館 科学コミュニケーター
線虫を愛して研究生活10年。その後、モンスター(わが子)を相手に四苦八苦。出産を機に科学館で展示やイベントを企画する仕事に就く。東日本大震災を経て、なんとなく敬遠されがちな科学を、日常生活で「ツカエル」考え方におとしこみたいと考えるように。謎解きのワクワク、あふれるリスクから身を守る術、うさんくさい宣伝へのツッコミ、ちょっぴりおトクに生きるコツ、すべてに科学が関わっている! あとは解読・行動する力が欲しい。