【コラム】

妊娠を科学する! - 男も知っておくべき高齢出産時代の妊娠のための基礎知識

1 今さらそんなことを言われても…

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37歳をこえたら妊娠しにくくなるなんて。だって、芸能人が40代で子どもを産みました~って、テレビでよく報道されてるじゃないですか。えーっ、今さらそんなこと言われても困る!が本心でした」

壇上で、大きなスクリーンを背後に、小柄な女性が淡々と話します。彼女はNHK報道局の記者。2012年の2月14日にNHKクローズアップ現代で放送された「産みたいのに産めない ~卵子老化の衝撃~」をプロデュースしたご本人です。「えーっ」は女性だけではありません。彼女によれば「取材の中で男性から『パートナーの適齢期をのがしてしまって、パートナーに申し訳ない』という声が多かった」ともいいます。

妊娠は「あたりまえ」ではない

2013年3月24日に鳥取県の米子コンベンションホールで開催された、不妊治療を行うミオ・ファティリティ・クリニックが開催したイベント「うむってすばらしい…」での一幕。彼女が1カ月間、米子市に滞在し、取材し続けたのは、クリニックの見尾保幸院長。このイベントでも衝撃的な内容を熱くうったえていました。

「妊娠はあたりまえのことだと思っているでしょ? そうではなく、奇跡の積み重ねです」

ミオ・ファティリティ・クリニックの見尾保幸院長

えっ? お年頃になって望めば、誰もが産めるものじゃないの? だって中学校の保健の授業で、性行為はするな、避妊しろ、妊娠してしまうぞ、中絶は体に負担を与えるぞ、病気がうつるぞ、などとおどされた印象がありますが! 「妊娠の喜びではなく、妊娠があたかも悪いことかのように、『防ぐ』ことに主軸をおいている一部の保健教育へも憤りを感じます」と見尾院長。

何がそれほど「奇跡」なの? 妊娠や出産の話は決してタブーではありません。いつか出産するかも、という女性の方はとにかくまず、今、自分の身体の中で起きていることを知ってみませんか? そして既婚の男性の皆さま、妊娠中や出産後の状態は男性には体験できないからわからない、とあきらめていませんか? 奥さんの身体の中で起きていることを理解すれば、何を心配し、どうやってサポートすれば、夫婦ともに負担や危険が少ない出産をできるのかが見えてくるはず。ぜひ、ご夫婦で一緒に考えてみて下さい。

1:卵子は年齢とともに減っていく

妊娠するには何が必要でしょうか? 女性からの卵子と男性からの精子が出会い、融合して、子宮の中におちつき、育つこと。では卵子と精子は、いつでも私たちの体の中にあるのでしょうか? さらに、卵子と精子があれば、いつでも妊娠できるのでしょうか?

女性の身体の仕組み

卵子は卵巣の中にある「卵胞」という小部屋で育ちます。この卵胞の数は年齢とともに変化します。では、ここで質問。一番卵胞の数が多いのはいつでしょう?

  1. 胎児の頃
  2. 産まれた頃
  3. 二次性徴の頃
  4. 20代
  5. 30代
  6. 閉経の直前

答えは1の胎児の頃。受精後20週目くらいの胎児の中で、すでに卵胞はたくさん作られ、なんと600万個にも増えるそう。しかしそれ以降は新たに作られることはなく、減る一方。二次性徴を迎える頃には20~50万個に、そして37歳ではおよそ2万5000個、つまり最高値の1/200以下にまで減ってしまうのです(個人差があります)。

女性の卵胞数の推移(日本産科婦人科学会誌52巻9号より)

卵子が卵巣から出てこなければ、精子と出会うことすらできません。気付いた時には卵子の数は激減してしまっている。「妊娠の適齢期がこんなに短いって、どうして誰も教えてくれなかったの?」、冒頭の「今さら…」のコメントの背後にある叫びです。

2:排卵で命を失う危険性すらある

生理になると、卵胞を成熟させるホルモンが分泌され、たくさんの卵胞が育ち始めます。重要なのは、育ち始めた卵胞すべてが最後まで成熟し、排卵されるわけではないこと。ほとんどの卵子が、排卵にいたる過程で次々と発育をとめ脱落していき、最終的に生き残った1個だけが成熟します。成熟した卵子は、卵巣から飛び出て、子宮へむかいます。この排卵が実は命がけ

卵巣の中ではこんなことが起こっている

卵子が出てくる時、卵巣の一部が破けます。そして液体とともに成熟した卵子が卵巣から出てくるのです。卵巣の表面には血管も通っています。もしこの破れる場所に静脈でなく動脈が走っていたら? 傷口がふさがらず、出血量が800ccを超えると、失神します。数年前に実際に見尾先生のクリニックにも運び込まれた女性がいるそうです。こんなリスクをおかしながら、女性の体は毎月妊娠の準備をしているのです。

3:精子と出会う場に卵子がたどりつけるのは、3~5回に1回

卵子が卵巣から出てきたら、次は精子と会うために子宮へとむかわねばなりません。ところが! 卵巣と、子宮までつなぐ卵管とはつながっていません。卵子が卵巣から出てくる頃になると、卵管の先にあるラッパ管がひろがり、イソギンチャクの触手のように卵巣に覆いかぶさります。そして出てきた卵子をつかまえるのです。うまく卵子がラッパ管にとりこまれる確率は、3~5回に1回。この確率は、ラッパ管の大きさによって変わります。ラッパ管の大きさは人によってばらつきがあり、体格の良さと関係していると言われています。ラッパ管の大きい人ほど卵子をとりこみやすく、妊娠しやすいのです。

ラッパ管が卵子をキャッチできないと精子と出会うことすらできない

4:妊娠しようと思っても、妊娠できる確率は1割程度

うまく卵子がラッパ管にとりこまれたとします。次は子宮にたどりつくまでの24時間以内に精子と融合する(受精する)必要があります。24時間という短い期間に、その場に精子がいなければならないのです。そして、卵子が仮にうまく精子に出会えたとしても、必ず受精するわけではありません。さらに、受精卵が子宮にたどりつき子宮の壁に着床できる確率も100%ではありません

ラッパ管にとりこまれても、妊娠のためには、子宮にたどり着くまでに受精し、無事、着床しなければいけない。ここまでの一連の流れがすべて整う確率を考えると、いかに妊娠するということがすごいことかわかってもらえると思います

(1)卵子が卵巣で育ち→(2)卵巣を破って外に出て→(3)ラッパ管にとりこまれ→(4)受精し、着床する。妊娠までの過程にはこれ以外にも無数のプロセスがあり、そのプロセスをクリアするたびにロスがあります。ドンピシャのタイミングで精子が卵子と出会う条件を整えたとしても、健康なご夫婦でも1回の月経周期で1割程度しか妊娠しないそうです。確かに「あたりまえ」におこるできごとではありません。

5:卵子は年齢とともに老化する

「卵子の良し悪しを決める最も大きな要因は年齢です。卵子は老化します」と見尾院長。卵子の数ばかりではありません。質にも年齢は大きな影響を及ぼします。年齢が高くなるにつれ、老化した卵子の割合が増えていきます。老化した卵子では、受精しても育っていくスピードが遅れたり途中で止まったりして、出産までたどりつけません

生理がある期間ならいつだって簡単に妊娠できる、というわけではないのです。

体外受精のためにとりだされた卵子。質の良い卵子の割合は加齢などの影響で減っていきます(提供:ミオ・ファティリティ・クリニック)

上の写真はクリニックの患者さんから体外受精のためにとりだした卵子です。どれが育ちやすい卵子か、わかりますか? なんとなく透明度が高く、真円に近いAやDが「美しく」見える? 正解です。ちなみに、Aは31歳、Bは28歳、Cは32歳、Dは44歳、Eは41歳、Fは42歳の方の卵子です。年齢が高くても良い卵子もあり、年齢が低くても変性してしまった卵子もあります。その割合が年齢とともに変化していき、質のよい卵子の割合は減っていくのです。

「今さらそんなこと言われても」になる前に

私の心にもっとも響いた見尾先生の言葉をご紹介します。

「本来は、病気のために妊娠しづらい患者さんを念頭においたのが生殖補助医療。しかし、最近では高齢での妊娠のために、生殖補助医療が使用される傾向がある。患者さんの多くは、もっと早く妊娠を考えていればこの技術に頼らずにすんだ可能性が高いのです。ずっと『早い時期に妊娠について考えて』と叫んでいたけれど、声は届かなかった」。

会場からの「男性には、年齢の限界はないのですか?」という問いに、見尾院長は「女性に比べて年齢の影響は小さい。しかし、産むことがゴールではない。子どもを大人まで育ててゴール。育児による体への負担も考えたら、男性も早い段階に子どもをもつかどうかを考えるべきだ」と答えていました。

生活する中での多くの「問題」については、経験者からの情報が伝わり、経験する前に備えておけます。しかし、妊娠の悩みは話しづらい。そして聞きづらい。高齢での妊娠については「困ったことのある人」からの情報がなかなか得られません。教科書でもあまり扱われない。多くの人が自分の身体の中で起きていることにもっと興味をもち、日々生活の中で何を優先していくかを早めに夫婦で話しておけば、納得して過ごせる夫婦が増えるかもしれません。

次回は、どうして出産する年齢が高齢化しているのか、日本の寿命や出産の現状について調べ、お伝えしたいと思います。

著者プロフィール

松山桃世
日本科学未来館 科学コミュニケーター
線虫を愛して研究生活10年。その後、モンスター(わが子)を相手に四苦八苦。出産を機に科学館で展示やイベントを企画する仕事に就く。東日本大震災を経て、なんとなく敬遠されがちな科学を、日常生活で「ツカエル」考え方におとしこみたいと考えるように。謎解きのワクワク、あふれるリスクから身を守る術、うさんくさい宣伝へのツッコミ、ちょっぴりおトクに生きるコツ、すべてに科学が関わっている! あとは解読・行動する力が欲しい。

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インデックス

連載目次
第3回 「お母さんのおなかの中」を再現する!
第2回 出産はぜいたく? 子育ては苦行?
第1回 今さらそんなことを言われても…
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