今回からテーマを変えて、「ソフトウェアと動作ロジック」というテーマを取り上げてみよう。プログラムを書いた経験がある方ならおわかりの通り、プログラムを書くためには「どういうロジックで動くか」を考える必要がある。ウェポン・システムの分野も同じである。

動きを予想する

3年ほど前の話だが、病気をして3カ月ばかり入院させられていたことがあった。退院した後、電車に乗って自宅に戻ろうとしたら、ターミナル駅の人混みをスムーズに通れなかった。実際にぶつかるところまではいかなかったが、どうもギクシャクしてしまうのである。

人混みの中をスムーズに歩くには、周囲にいる人の位置と動きを把握して、未来位置を予測する必要がある。「左手にいるあの人が、こういう向きと速度で移動してくるから、それを避けるためにはこちらを通ればよい」という話である。

クルマの運転も同じで、周囲にいる他のクルマや歩行者などの動きを見て、未来位置を予測しながら衝突を回避する操作をやっている。

さて。イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)に代表される艦載防空システムも、似たようなことをやっている。

まず、レーダーで探知した航空機やミサイルについて個別に、連続的に探知・追尾することで針路と速力を把握する。そのベクトルに基づいて未来位置を予測して、どれが脅威になるかを判断する。

単純に考えれば、自艦に向かってくる探知目標は脅威度が高い。一方、遠ざかる目標は脅威度が低い。詳しい話は後で個別に書くが、そうした脅威評価の結果に基づいて、どの探知目標から順番に交戦していくかを決定する。

そして、探知目標ごとに武器割当を行う。「最初に撃つミサイルは探知目標A、2番目に撃つミサイルは探知目標C、3番目に撃つミサイルは探知目標F……」といった具合にだ。

人混みの中を歩く際は衝突を避けなければならないが、対空戦闘システムはミサイルを探知目標に当てなければならないので、考え方は逆になる。つまり、衝突を避ける進路をとるのではなく、衝突する進路をとるようにミサイルを誘導しなければならない。

もちろん、探知・追尾している間に目標の針路や速力が変化する可能性があるから、すべての探知目標について連続的に探知・追尾データを更新し続けるとともに、必要に応じてベクトルの計算をやり直す必要がある。その結果次第では、脅威評価や武器割当の内容も見直さなければならないかもしれない。

また、他の艦や航空機が交戦した結果として探知目標が途中で消える可能性や、突如として新たな探知目標が出現する可能性もある。例えば、自艦の近所にいる潜水艦がいきなり海中から対艦ミサイルを撃ってきたら、それは急に優先度が高い目標として割り込んでくるはずだ。これらもやはり、脅威評価や武器割当の見直しにつながる。

そうした諸要因を考慮に入れた上で、探知目標ごとに脅威度の高さを判断して優先順位を決めるのだが、そこでどういうロジックに立脚するのか、が本題だ。

個艦防空の場合

まず、わかりやすいところで個艦防空(point defence)の話から。個艦防空とは読んで字のごとく、自分の身を護ることだけ考えるモードである。

それなら考え方は比較的シンプルだ。自艦に向けて飛来する脅威を拾い出して、脅威評価による優先順位付けと武器割当を行い、順番に交戦していけばよい。では、脅威評価のロジックはどうすればよいだろうか。

シンプルに考えると、探知目標のベクトルに基づいて、自艦に着弾するタイミングが早い順番に片付けていかなければならない。着弾するタイミングが遅い目標を先に片付けていたら、その間に、もっと近くにいる脅威にやられてしまう。

そして、自艦に向かって来ないと判断した探知目標は放っておくか、優先順位を下げる。もしもそれが僚艦に向かったとしても、それは僚艦で対処してもらうという考え方である。

艦隊を構成するすべての艦が個艦防空の能力を備えていれば、各々が自分で自分の身を護ることで、結果的に全艦が生き残れる、という考え方が成り立たないものでもない。

僚艦防空の場合

僚艦防空(local area defence)とは、個艦防空と艦隊防空(これは次回に書く)の中間に位置する概念だ。かいつまんでいうと、「艦隊すべてをカバーするには至らないが、自艦だけでなく近所にいる僚艦にも防空の傘を差し伸べる」という意味になる。

あまり聞かない言葉だが、我が国ではこの僚艦防空に対応する護衛艦を4隻配備している。それが「あきづき」型である。僚艦防空なんていう話が出てきた背景には、ミサイル防衛任務に就いているイージス護衛艦を護るニーズが発生した事情がある。

「あきづき」型護衛艦の2番艦、「てるづき」。艦橋の上に取り付けられた白いフェーズド・アレイ・レーダーのうち、大きいものが捜索用のFCS-3A、小さいものがミサイル誘導レーダー

「こんごう」型イージス護衛艦のシステムでは、ミサイル防衛の任務に就いている時は、そちらにレーダーやコンピュータのパワーを集中する必要がある。すると、他の経空脅威に対処する余裕がなくなってしまう。そこで「あきづき」型が近くに陣取って、イージス艦を護ろうというわけだ。

これを脅威評価ロジックの観点から見るとどうなるか。個艦防空なら自艦に向かってくる探知目標のこと「だけ」を考えていればよいが、僚艦防空では僚艦「も」護らなければならない。

したがって、自艦だけでなく、護りを差し伸べなければならない僚艦がどこにいる誰か、ということもシステムに教えておく必要があると考えられる。また、自艦と僚艦の位置関係を時々刻々、把握・更新しなければならないだろう。

そして防空指揮管制システムは、その僚艦に向かっている目標と自艦に向かってくる目標の両方を探知・追尾して脅威評価を行い、総合的に優先順位をつけて交戦する必要がある。場合によっては、イージス艦に向かってくる脅威を先に片付けて、我が身の護りは後回し、ということもあり得る。

次回に取り上げる艦隊防空もそうだが、高価値ユニット(HVU : High Value Unit)、つまり空母や揚陸艦やイージス艦がやられないようにすることが最優先なのだ。そこのところの考え方が、自分のことだけ考えていればよい個艦防空とは異なる。

どこかで聞いたような話だと思ったら、僚艦防空とは要するに、アメリカのシークレット・サービスみたいなところが担当している要人警護と似ている。