初期のコンピュータは文字表示やコマンド操作が多かったから、ポインティングデバイスは必須ではなかった。なにも軍用に限ったことではなくて、パーソナルコンピュータでもMS-DOSの時代にはマウスなしで用が足りるケースは多かった。しかし、今ではそうはいっていられない。

ポインティングデバイスが必要な場面

では、軍用のコンピュータ機器などにおいて、ポインティングデバイスを必要とするのはどういう場面か。

例えば、レーダーの画面がある。探知目標を示す輝点が画面に現れるが、その中から特定の探知目標を指定して詳細な情報を要求したり、指定した探知目標を交戦の対象に指定したりということになれば、ポインティングデバイスは不可欠だ。

実際、ある海上自衛隊の護衛艦で、艦橋に設置してあるレーダー表示装置を見ていたら、ディスプレイの手前側にキーボードとトラックボールが取り付けてあった。「えっ、トラックボール!?」と思われそうだが、その話は後で取り上げる。

また、戦闘機のコックピットでもセンサー機器の充実や精密誘導兵器の普及によって、ポインティングデバイスが必要になった。例えば、TVカメラや赤外線センサーの映像を表示させて、その中から特定の点を指し示して「これをロックオンして自動追尾するように」と指示する場面では、「特定の点を指し示す」ためのカーソル移動機能が必要になる。

しかし、特に戦闘機のコックピットは狭苦しいから、ポインティングデバイスの選択にも配慮が求められる。よくあるのはジョイスティック型で、これを両脚の間、あるいは右側コンソールに据え付ける。そして、ジョイスティックの先端部に押しボタンを取り付ければ、カーソルの移動と選択指示を片手で行える。

米海軍の多くの艦は対水上射撃用に、遠隔操作式の25mm機関砲Mk.38を備えている。そのMk.38の管制装置がこれ。センサー映像を表示するディスプレイと、目標指示や機関砲の操作に使うジョイスティックの組み合わせ

前回、多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)のベゼルに配置するボタンの話をしたが、「画面の表示内容に合わせて機能が変わる操作系」が行き着く先は、スマートフォンやタブレットでおなじみのタッチスクリーンということになる。

昨年に日本向けの初号機がお披露目され、1月下旬にアメリカ海兵隊の機体が岩国基地に飛来したばかりの、F-35ライトニングIIが典型例だ。コックピットの正面にどでかいタッチスクリーン式ディスプレイを設置している様子は、本連載の第1回で紹介済み。

また、昨年の「国際航空宇宙展」にゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ社が持ち込んだ次世代型UAV管制ステーションのデモンストレーターでも、6面のタッチスクリーンを並べていた。

しかもこれ、スマートフォンやタブレットと同じ操作で画面の拡大・縮小ができるというものである。スマート兵器を運用するからスマートフォンと似た操作を可能にした……というわけではなくて、習熟のしやすさに配慮したための選択。今時の若い兵士ならスマートフォンやタブレットの取り扱いには慣れているだろうから、それと同じ操作体系にすればなじみやすい。

つまり、既存民生品を活用するCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化は、ハードウェアやソフトウェアに限った話ではなくて、マン・マシン・インタフェースの分野にも及んでいるわけだ。既存の民生品と同じ操作体系を持ち込むという意味で。

ゼネラル・アトミックス社のUAV管制ステーション(デモンストレーター)で使用しているタッチスクリーン画面。映り込みがあって見づらいが、左半分はチェックリスト、右半分はエンジン計器で、操作の指示はタッチスクリーンで行う

軍用の機材に特有の課題

ところが、軍用品には特有の課題がある。揺れや振動に対する配慮や、堅牢さに対する要求が典型例だ。

そこで、艦艇で使用している各種コンソールを見てみると、ポインティングデバイスとしてトラックボールを使用しているものが多いことに気付く。市販のパーソナルコンピュータをそのまま使っている場合はマウスが登場することもあるが、軍用のコンソールとして作られたハードウェアだと、トラックボールが多い。

家庭でもオフィスでも、マウスは「うっかり落とす」可能性がある。最近はワイヤレスマウスが一般的だから話が違いそうだが、有線マウスだと、マウスを落とした時にケーブルが走り回って、机上にあるものを道連れにして床にばらまく危険性もある。

その点ではワイヤレスマウスのほうが問題が少ないが、こちらには「電池切れ」という問題がついて回る。もしも「敵のミサイルが飛来している最中にマウスが電池切れになって、目標指示ができませんでした」なんていうことになったら……くわばらくわばら。

というわけで、トラックボールの登場となる。トラックボールなら、ボールがコンソールの中に埋め込まれているから、うっかり落下させる事故は起こらない。ケーブルが机上をはい回ることもないし、電池切れとも無縁だ。マウスと比べると細かい移動には慣れがいりそうだが、慣れれば問題ない(はずだ)。

過去に米海軍で標準的に使われていたAN/UYQ-21コンソール。手前にキーボードがあるが、ふたをしてある。ディスプレイの手前・右端にトラックボールと押しボタンがある

揺れる環境下で誤操作を防ぐ工夫が必要になるのは、タッチスクリーンも同じだ。だから、F-35では「間違ってズルッなんてことになったら困る」といって、いわゆるドラッグに相当する操作を排除した。

もっとも、これは激しい機動を前提にした戦闘機だからで、艦艇や哨戒機だと、それほど厳しいことはいわないようだ。実際、タレス社の航空機搭載用指揮管制装置・AMASCOS(Airborne MAritime Situation & Control System)の操作方法は、よりスマートフォンやタブレットに近い。

画面に探知目標を示すアイコンが現れたとする。そこで、特定のアイコンで長押しするとメニューが展開して、「この探知目標を不審船としてマークする」などの指示ができる。また、画面の両脇には表示内容などを切り替えるためのメニューが並んでおり、それぞれをタップすれば切り替えが可能。

ところで、軍用だと、素手でなければ使えないようなデバイスでは困る場面がある。例えば軍用機のパイロットはグローブを装着した状態で操縦していることが多いから、いちいち素手にしないとタッチスクリーンを使えません、では仕事にならない。すると、どのような方式でタッチスクリーンを実現するかを考えなければならない。

タッチスクリーンのメリット

最近では、スマートフォンやタブレットに似せた操作系を導入するどころか、既製品のスマートフォンやタブレットに軍用のソフトウェアをインストールして活用する事例も増えているのだが、その話はともかく。

タッチスクリーンにすることのメリットは、扱いやすさ・なじみやすさだけではない。MFDみたいにベゼル部にボタンを並べなくても済む分だけ、画面を広く使える利点もある。そして、多機能化・多用途化に対応しやすいメリットは無視できないのだ。

スイッチやボタンやディスプレイをハードウェアとして作り込むと、ある用途においては最適でも、別の用途だと不適切、ということが起こり得る。

用途ごとに専用のコンソールを設置するのであれば、最適化した構成のスイッチやボタンやディスプレイを並べればいい。ところが、最近の流行は汎用コンソールだ。ハードウェアは共通化して、ソフトウェアの入れ替えだけでさまざまな用途に対応させる。となると、特定の機能・用途に最適化したボタンやスイッチやディスプレイが並ぶのでは具合が悪い。

そこでタッチスクリーンにすると、メニューやボタンをハードウェアとして持つ必要がなくなるので、配置やサイズの自由度が増す。ある用途ではデータ表示に使っていたエリアが、別の用途に切り替えるとメニューアイコンを並べるために使われる、といったことも普通にできる。

また、センサー映像の中から目標を指示して照準を合わせたり追尾を指示したりする際も、タップ操作だけで済む。デジカメのタッチシャッターと同じ理屈で、すでに実用例もあるようだ。

だから、運用環境に合わせた配慮を忘れないようにするという前提条件付きの話ではあるが、軍用のコンピュータ・システムではタッチスクリーンを利用するケースが増えていくと予想される。