状況認識(SA : Situation Awareness)は大事な要素だし、そのために「センサーなどから入ってきた情報をどう見せるか」が重要であることは論を待たない。しかし、軍事作戦では「見てるだけ~」というわけにはいかない。状況を認識したら、それに基づいて対応行動をとらないといけない。

ボタン、ノブ、スイッチ

ウェポン・システムに限ったことではないが、何かを操作するには、操作のための手段が必要だ。もちろん、選択・入力・オン/オフなどといった操作の内容に応じて、適切な手段を選択しなければならない。

オン/オフを指示するにはスイッチや押しボタンが必要になるし、複数の選択肢の中から切り替えを行うには回転式のノブみたいな操作系が必要になる。変わったところでは、円錐形の突起を四方に動かす種類のデバイスもあり、戦闘機の操縦桿でしばしば見かける。

このほか、画面上で何かを指し示すには、カーソルを移動するためのポインティング・デバイスが必要になる。時には、文字情報の形で入力しなければならない場面もある。

軍用品が民生品と異なるのは、運用環境ではないかと思われる。車両・艦艇・航空機では揺れたり、傾いたり、Gがかかったりすることを前提にしなければならないから、それによって操作しにくくなったり、誤操作したりするようでは困る。

また、陸戦では濡れたり、粉塵を浴びたりするのが、当然だと思わなければならない。それによって、あっさり故障するようでは使い物にならない。だから、パナソニックの頑丈ノートPC「タフブック」みたいに、隙間を造らないように、内部に水や粉塵が入り込んだりしないように、設計する必要がある。「タフブック」が軍や警察で人気を博しているのも宜なるかな。

機能を固定するか、変化させるか

ハードウェアとして作り込んだ場合、ボタンにしろノブにしろスイッチにしろ、それぞれ、担当する機能は決まっている。だからボタンやノブやスイッチの脇に、機能の名称や選択肢などについて併記しておけば、それが何をするものなのかは一目瞭然。

ところが、軍用機のコックピットがグラスコックピット化された結果として、多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)の利用が一般化した。すると、この原則から外れる場面が出てきた。

グラスコックピット化した民航機と違い、軍用機のMFDでは画面周囲のベゼル部にボタンをズラッと並べるのが普通だ。そして、画面に表示する内容に応じて、それぞれのボタンの機能が変わる。したがって、画面の周縁部では、それぞれ隣接するボタンの機能に関する表示がなされる。

MFDの表示例(YF-23のフライトマニュアルより引用)。兵装管制画面で、中央には状況表示がある。左下の「TM PWR」や「WPN LOAD」、右下の「MENU」は、隣接するボタンの意味を表示しているもの

グラスコックピットの利点は、その場その場の状況に応じて必要な情報、最適な情報を選んで表示できることだ。表示内容を自由に変えられるMFDがあればこそだ。そして、MFDに表示する情報が変われば、それに対して行うべき操作も変化するから、操作の手段となるボタンの機能も変わる。だから前述したような仕儀となる。

HOTASという考え方

戦闘機について回る用語である。HOTASとはHands on Throttle and Stickの略で、「操縦桿とスロットル・レバーに手を置いたままで操作ができること」という意味になる。こうやって日本語の文章にまとめることはできるが、1つの単語にするのは難しい言葉で、結果として業界では「HOTAS」で通っている。

HOTASとは、レーダーをはじめとするセンサー機器の操作、武器の選択や安全解除、ミサイルの発射や爆弾の投下、チャフやフレアみたいな自衛用妨害手段の散布など、戦闘飛行の最中に行わなければならない操作を、いちいち操縦桿やスロットル・レバーから手を離すことなく行えるようにする考え方、あるいはそれを具現化した設計を指す。

いちいち、操縦桿やスロットル・レバーから手を離して操作をすれば、少なくともコンマ何秒かのタイムロスが生じる。そのコンマ何秒かの間に敵を取り逃がしたり、返り討ちにあったりするかもしれないし、誤操作すれば目も当てられない。操縦桿やスロットル・レバーに必要な操作系をまとめてしまえば、時間のロスも誤操作の可能性も減る。

ところが、両手に付いている指の本数は合計10本しかないし、すべての指で同じようにあらゆる操作が行えるとも思えない。使う指に応じて適切な操作内容、適切な操作手段系を割り当てる必要がある。

また、慣れとか業界の慣習みたいなものも無視できない。例えば、ミサイルや機関砲の発射指示は普通、操縦桿に付いたトリガー(引金の意。普通は赤いパーツになっている)を人差し指で引く。そこから外れた操作をするような設計では、パイロットが困惑する。

余談だが、曲技飛行隊の機体ではミサイル発射用のトリガーをスモーク・オンの操作に転用することがある。目の前に僚機がいる状態で「スモーク・オン」の指示に合わせてトリガーを引くことになるわけで、違和感を感じないんだろうか。

HOTASの具体例

といったところで、2016年の「国際航空宇宙展」に展示されていたエアバス・ヘリコプターズ社製H160ヘリコプターの実大模型の写真を出してみよう。

軍用機ではないからミサイルを撃つわけではないが、サイクリック・ピッチ・スティックとコレクティブ・ピッチ・レバーにいろいろなボタンやスイッチを組み込んで、いちいち手を離さずに操作できるようにしているという本質は同じだ。

サイクリック・ピッチ・スティックは説明書きがあまりないので、意味不明のモノが多い。それでも、押しボタンだけでなく、上下左右に動くスイッチもある様子は分かる。それぞれの形を変えて、手探りでも区別がつくようにしているところに留意してほしい。

サイクリック・ピッチ・スティックは右手で握るので、上部に付いているボタンやスイッチは親指で操作することになる。ところが、左側面の下方にも赤い押しボタンが付いているから、こちらは薬指か小指を使うことになりそうだ。

H160ヘリのサイクリック・ピッチ・スティック。ボタンやスイッチだらけで奇怪な様相だが、手を離さずに操作できるようにするため、こうなっている

一方、左手で操作するコレクティブ・ピッチ・レバーにも、いろいろとボタンやスイッチが付いている。それぞれのボタンやスイッチの名称は書いてあるが、略語だから、知らない人が見ると判じ物だ。

それでも、素人眼でも分かるのが、赤い「CABLE CUT」ボタン。貨物を吊下空輸しているときに、何かまずいことが発生して緊急投棄しなければならなくなった際に使うのだろう。たいていの場合、赤い色になっている操作系は「緊急事態に関わるもの」「取扱注意のもの」と相場が決まっている。

H160ヘリのコレクティブ・ピッチ・レバー。こちらも同様だが、いちいち名称を書いてある(ただし略語のオンパレード)

H160では全部の指を総動員するところまで行かないかもしれないが、戦闘機になると大変だ。時には全部の指を使い分けつつ、さまざまなスイッチやボタンを操作する仕儀となる。機体の操作に加えて、ウェポン・システムの操作も必要になる分だけ「仕事」が多いのだ。

HOTAS化したスロットル・レバーの例(YF-23のフライトマニュアルより引用)。双発機だから2本のレバーがあるが、普通は両方をまとめて操作する。そこに多数のボタンなどが取り付いているが、これを左手の5本の指を使い分けつつ操作する