第123回で通信衛星を取り上げた時、「地上局から衛星に向かう通信がアップリンク、衛星から地上局に向かう通信がダウンリンク」と書いた。通信衛星を介して見通し線圏外通信を行う双方の当事者が、同じ衛星のカバー範囲内にいれば、アップリンクとダウンリンクは1つずつあれば済む。

衛星間通信の必要性

ところが、赤道上・約36,000kmの高度にある通信衛星といえども、1基で地球の全域をカバーすることはできない。地球は球体なのだから当然の話で、地球全域をカバーするには、少なくとも3基の衛星が必要になる。

軌道高度が低い周回衛星ならなおのことで、衛星と地上局の間の通信が成立するのは、衛星が地上局の見通し線範囲内を通過する時間内だけ、ということになる。それでは通信可能な時間が限られるし、データ量が多ければ、必要なやりとりが終わる前に衛星が地平線・水平線の向こうに消えてしまう。

これが問題になる用途の例としては、衛星携帯電話サービスやリモートセンシング衛星(軍用の偵察衛星も含む)が挙げられる。いずれも用途の関係で周回衛星にならざるを得ないからだ。

そういう事情があるので、「衛星と地上局の間の通信」だけでなく、「衛星同士の通信」が必要になる場面が出てくる。場合によっては2基の衛星同士では済まず、複数の衛星の間でリレー式に通信しなければならないこともあるかもしれない。

スペースデータハイウェイ

といったところで、エアバス・ディフェンス&スペース社が11月に、興味深い発表をしていた。題して「スペースデータハイウェイ」という。

その昔、「情報スーパーハイウェイ」という構想が世間をにぎわしたことがあったが、光ファイバー通信や高速な移動体通信が日常化した昨今では、特にそううたわなくても「ハイウェイ」化しているといえる。

しかし、宇宙空間では事情が違う。まさか衛星同士を光ファイバーでつないで周回させるわけにも行かないのだから、無線通信に頼らざるを得ない。だから、高速な無線通信が可能になれば、それだけでもアピールポイントになる。

そこで高速化を図ったことをアピールする目的で、いささか手垢が付いた感がある「ハイウェイ」という言葉を使ったのかもしれない。具体的な数字を出すと、伝送速度1.8Gbps、1日に40TBのデータをやりとりできるという。

それを実現するのが、2016年1月30日に打ち上げられたデータ中継衛星「EDRS-A」。軌道位置は東経6度で、アメリカ東海岸からインドあたりまでをカバーできるとしている。EDRSとはEuropean Data Relay System(欧州データ中継システム)の略だ。通信衛星なら、データ中継衛星ではなく通信衛星だと名乗ればいい。そこでデータ中継システムと名乗っているのには、相応の理由がある。

EDRS-A 写真:Airbus Defence and Space SAS 2014

EDRS-Aの打ち上げ 写真:International Launch Services

この衛星が企図しているのは、一般的な通信衛星(地上対地上の通信を中継する)ではなくて、衛星と地上の間の通信を中継すること。

前述したように、周回衛星は軌道高度が低いから、地上局と直にやりとりできる範囲・時間に限りがある。そこで赤道上の静止軌道に陣取るデータ中継衛星を介することで、地上局とやりとりできる範囲・時間を拡大する。それがEDRSみたいなデータ中継衛星の狙いだ。

EDRSについては、2017年にもう1基の追加打ち上げを予定しており、これによって覆域を拡大することとしている。A号機がアメリカ東海岸からインドまでをカバーするから、それより東方、あるいは西方をカバーする位置に打ち上げるものと推察される。

衛星間通信

衛星がデータ通信を中継するということは、衛星間通信が発生するということである。それをどうやって実現するか。

もちろん、電波を使用する無線通信でもかまわない。しかしそれだけでなく、レーザーを使った衛星間無線光通信も考えられるし、実際、前述のEDRS-Aは「商用衛星としては世界で初めて、レーザーを使った」とうたっている。

宇宙空間は大気圏内と比べるとレーザーを減衰させる要因がないから、レーザー通信に向いていると言える。しかも、電波と比べると電磁的干渉に強そうだ。軍用としてみた場合、これは妨害に対しても強いというメリットにつながる。

しかし、レーザーのビームは細いから、それで遠方の衛星を精確に狙い撃ちしなければならない。しかも、高速で移動しながらだ。と考えると、口でいうのは簡単でも、実現するのは簡単ではなかっただろうと思われる。

ちなみにアメリカでは、2000年代前半にTSAT(Transformational Satellite)という軍用通信衛星を開発・配備する構想を推進しており、これも衛星間レーザー通信を使うことになっていた。使用する衛星は5基(さらに予備が1基)とする計画だった。

TSATで使用するつもりだった光通信機材はOSVS-1(Optical Systems Validation Suite-1)と称し、伝送能力は10~40Gbpsだったと言われている。これを、米軍全体をカバーするデータ通信網・GIG(Global Information Grid)とつないで、高速レーザー通信網をバックボーンとする全世界規模のIPv6ネットワークを作るつもりだった。衛星でバックボーンを構築すれば、地上に光ファイバーや海底ケーブルといった「不動産」を展開する必要がなくなるから抗堪性が高まるし、どこに軍を展開してもアクセスできる。

しかし、TSATは開発費の高騰やスケジュール遅延に見舞われて、2009年にロバート・ゲーツ国防長官(当時)が中止を決定、代わりにEHF通信衛星・AEHF(Advanced EHF)を増やして対処することになった。TSATで使用するレーザー通信技術は、要素技術の実証試験は成功していたものの、得られるメリットと比べておカネがかかりすぎる上に、スケジュールが遅れていて困るという話になったわけだ。