前回は通信衛星の話を書いたが、これは他者の通信を異なる2地点間(地上とは限らず、洋上の艦艇、あるいは飛行中の航空機ということもある)で中継するための手段である。ところが、その通信衛星に限らず人工衛星というものは、それ自身のための通信網も必要とする。

衛星のTT&C

それは、なぜか。簡単な話で、衛星の動作状況を監視したり、衛星に対して何か指令を送ったりするには、衛星を管制するための通信網が必要になるからだ。最近ではソフトウェア制御の機材が増えているから、軌道上で稼働している衛星に対してアップデート版のソフトウェアをアップロード&インストールする、という需要もあり得る。

そのための通信手段は、衛星のペイロードとは別に用意しておかなければならない。通信衛星なら通信手段は持っていることになるが、そのペイロードがダウンしたら管制できなくなってしまう、ということでは困るのだ。

例えば、アメリカ空軍の場合、AFSCN(Air Force Satellite Control Network)という衛星管制網を構築しており、もっぱらハリス社が担当している。と思ったら、L-3コミュニケーションズ社も関わっているようだ。

AFSCNの運用・メンテナンス業務は、TT&C(Tracking, Telemetry and Command)という頭文字略語で表現されるが、逐語訳すると「追跡・テレメトリー・指令」だ。

追跡とは、衛星が正しい軌道に載っているかどうかを確認したり、正しい軌道に載せるための指令を送ったりという話である。打ち上げた衛星を、まず「仮の軌道」に載せておいて、そこで動作確認(チェックアウト)を実施してから本番用の軌道に移動することがあるが、仮の軌道にしても本番用の軌道にしても、正しい軌道に載っているかどうかを確認するのは追跡機能の典型的な使い方。

テレメトリーとは、衛星から動作状態に関するデータを受け取り、問題なく稼働しているかどうかを確認する作業だと言えばよいだろう。自動車レースの世界でも、あるいは飛行機の飛行試験でもテレメトリーを使っているが、それと似たところがある。

衛星は、それが軌道上に存在するだけでは仕事にならない。搭載しているペイロードが正しく機能して、正しく仕事をして、それで初めて存在意義がある。それを確認・維持するためにテレメトリー機能が必要になるというわけ。

指令とは、軌道を移し替えたり、正しい軌道から外れた時に修正の指令を送ったり(搭載している小型ロケットを吹かして移動させる)、搭載しているペイロードに対して動作に関する指示を出したりする操作だ。

ちなみに、2014年の時点における数字だが、アメリカ空軍のAFSCNを構成するTT&C施設は7カ所、衛星とやりとりするためのアンテナが15基という内訳だそうだ。このTT&Cを担当する地上側機材も、ずっと同じもので済むわけではないから、逐次、更新が進んでいる。

2016年6月に、L-3コミュニケーションズ社に対してAFSCNの運用・整備業務契約を発注した際に、併せて作業場所が明らかにされた。前述した「7カ所」とは数字が合わないが、これらの場所にAFSCNの拠点があるわけだ。

  • 英領ディエゴ・ガルシア
  • 米領グアム島
  • ハワイ(Ka'ena Point)
  • ニュー・ボストン空軍施設(ニューハンプシャー州)
  • ヴァンデンヴァーグ空軍基地(カリフォルニア州)
  • ケープカナベラル空軍施設(フロリダ州)
  • トゥーレ空軍基地(グリーンランド)
  • イギリス(Bordon)

これらを並べてみると、アメリカ本土だけでなく太平洋、大西洋、インド洋など、広範なエリアに散在していることがわかる。

GPSブロックIIIとOCX

AFSCNはアメリカ軍が運用する衛星すべてを対象とする管制網だが、衛星によっては専用の管制機材を地上側に用意しなければならない場合もある。

その一例が、GPS(Global Positioning System)ブロックIII衛星と組み合わせて使用するOCX(Operational Control System)。GPSブロックIII衛星はロッキード・マーティン社の担当だが、OCXはレイセオン社が担当している。新しいブロックIII衛星はブロックIIシリーズよりも機能を拡張するので、当然ながら、その新しい機能に対応する管制システムが必要という話になる。それがOCXだ。

GPS衛星……だが、これは最新のブロックIIIではなくブロックIIR Image:US Navy

まず、ブロックIII衛星の打ち上げとチェックアウトにだけ対応できるサブセット版・OCXブロック0を開発する。続いてOCXブロック1を開発するが、これはブロックIII衛星群の管制機能に対応しており、新波のL2CとL5も管制できる。そして最後に、L1C新波や軍用Mコードに対応するOCXブロック2を開発する、という流れになっている。

ところが、OCXの開発は難航しており、スケジュール遅延とコスト上昇のコンボに見舞われている。しかし中止にはならず、このまま開発を継続することになった。ここで止めてしまうと、ブロックIII衛星を打ち上げるのに、それを管制するシステムがない、という困った状態になってしまうし、そうそう簡単に代わりの新システムを開発するわけにもいかない。

実は、新しいブロックIII衛星を打ち上げるからといって、一気にすべての衛星を置き換えるわけではない。当面、従来のブロックIIシリーズも残る。ということは、OCXはブロックIIIとの互換性・相互運用性だけでなく、ブロックIIシリーズとの互換性・相互運用性も持たせる必要がある。いわゆる後方互換性というやつだ。

現用中のGPSブロックII衛星群(細かく分けると、ブロックIIR、ブロックIIR-M、ブロックIIFの3種類がある)に対応する現用指揮管制システムは、AEP(Architecture Evolution Plan)と呼ばれている。メインフレームを使用する管制システムの後継として2007年に稼働を開始した。OCXが配備されてフル稼働体制を達成するまでは、こちらの運用が続くので、ロッキード・マーティン社の手でアップグレード改修が行われた。

ブロックIIシリーズとブロックIIIシリーズで別々の管制システムを使い分けて平行運用する選択肢も考えられるが、それでは運用も教育・訓練も煩雑になる。衛星が混在するのは致し方ないが、管制システムぐらいは一本化したい。

すると当然ながら、OCXにはブロックII衛星に対応する管制機能を実装するだけでなく、それが問題なく機能するかどうかのテストも行わなければならない。これが開発の負担を増やしている可能性はありそうだ。