以前に第122回~第126回で、軍事目的で使われる人工衛星のアウトラインについて簡単にまとめた。この時は深いところまで突っ込んでいなかったし、ちょうど防衛省が自前のXバンド通信衛星「きらめき2号」を打ち上げるというので、あらためて衛星の話を取り上げてみようと思った次第。

自前の衛星を上げるのにRQ-4では使えないのか?

防衛省では、陸海空の共同資産としてRQ-4グローバルホークUAVの導入計画を進めている。これに関連して、ある新聞社の方から(すでに記事になっているから「ある新聞社」でもないか)、こんな趣旨の質問を受けたことがあった。

「防衛省がXバンド通信衛星の打ち上げ計画を進めていますよね。でも、RQ-4グローバルホークでは、そのXバンドの衛星は使えなくて、別途、通信衛星の帯域を買う必要があるっていうじゃないですか。おかしくないですか」

グローバルホークがデータ伝送の際に、Xバンド(アップリンク8GHz、ダウンリンク7GHz)ではなくKuバンド(アップリンク14GHz、ダウンリンク12GHz)を使用するのは事実である。

グローバルホークはさまざまなセンサー機材を搭載して広域警戒監視を担当するUAVだが、データを送る際に使用するKuバンド対応の可動式パラボラ・アンテナは、こんもりと盛り上がった機首の中に収まっている。だから、ああいう妙な外見になっている。

では、「きらめき2号」の打ち上げによって利用可能になるXバンドは何なのか。これは軍用限定の帯域で、防衛省の説明では「他の帯域に比べ気象等の影響を受けにくく、確達性の高い安定した通信が可能である」とされている。

参考 : 次期Xバンド衛星通信整備事業に関する基本的な考え方(防衛省Webサイト)

その理由は、Xバンドが「電波の窓」と呼ばれる周波数帯に属していて、降雨による伝搬損失や大気による吸収が少ないためだ。雨や嵐に見舞われると衛星放送の視聴に支障を来すことがあるが、そういう現象が起きにくいのだ、と考えれば理解しやすい。

敵を破壊する狭義の「武器」と比べると軽視されやすいかもしれないが、通信が確実に届くことは、軍事作戦を確実に遂行する観点からいって極めて重要である。実際、通信が届かなかったせいで作戦遂行に齟齬をきたした事例はいくつもある。

それは衛星通信でも同じことで、それだからこそ「確達性の高い安定した通信が可能」なXバンドは軍用で重要視されるわけだ。また、Xバンドは電波の指向特性の関係から、耐妨害性や秘匿性にも優れるとされている。UHFと比べると指向特性が高く、ビームが細いから、その分だけ傍受されにくくなるという理屈らしい。また、混信や干渉も少ないという。

ただ、ビームが細いということは、それだけ精確に衛星を捕捉できる空中線(アンテナ)が必要になる、ということでもある。

伝送能力も必要

XバンドはUHF衛星通信と比べれば周波数が高く、それだけ高い伝送能力を実現するポテンシャルがあるはずだ。一般的な傾向として、周波数が高い電波のほうが、高い伝送能力を持っている(その代わり、減衰が大きくなり、遠距離伝送は難しくなる)。それでも、先に示した数字でおわかりの通り、XバンドはKuバンドと比べると周波数が低い。

そして、グローバルホークが備える電子光学/赤外線(EO/IR : Electro-Optical/Infrared)センサーや合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)のデータは動画あるいは静止画だから、テキスト・データと比べるとデータ量が桁違いに多い。

それをリアルタイムで送ってきて「実況中継」させようとすれば、当然ながら高い伝送能力を持つ衛星通信回線が必要になる。それはXバンドではつらい仕事だし、限られたXバンド通信衛星のトランスポンダーは他の用途のために活用したい。それで、軍用の通信衛星、それがなければ民間の通信衛星の「放送時間」を買って、Kuバンドの衛星通信回線を確保する必要があるわけだ。

防衛省の関係者がそんなことも知らずにグローバルホークの調達を決めたのなら大問題だが、いくらなんでもそんなことはあるまい。機種選定を決めた担当者はKuバンド衛星の必要性について承知していたが、よく知らない関係部署以外の人、あるいは上層部の誰かが「話が違うじゃないか」といって物言いをつけたのだろうか?

MQ-1プレデターUAVが衛星通信回線経由の動画実況を開始して、それに皆が夢中になったせいで「プレッド・ポルノ」という言葉ができたのは、もうずいぶん前の話である(プレッドとはプレデターのこと)。ちなみに、この時も民間の通信衛星の「放送時間」を買って利用していた。

KuバンドとKaバンド

ところで。この記事を書くために過去のデータをあさってみたところ、7年ほど前にアメリカ空軍の電子システムセンター(ESC : Electronic Systems Center)がマサチューセッツ工科大学などと組んで、HDR-AT(High Data Rate Airborne Terminal)なる衛星通信端末機の評価試験を実施した、との話が出てきた。

アメリカ軍ではWGS(Wideband Global SATCOM)という通信衛星を運用しているが、これはKuバンドではなくKaバンド(アップリンク30GHz、ダウンリンク20GHz)、それとXバンドのトランスポンダーを備えている。メーカーはボーイング社だ。

米軍の三軍共用通信衛星・WGS。同盟国が相乗りして共同利用しているケースもある Image : USAF

HDR-ATは、そのWGSに対応する端末機で、ラボ試験では300Mbps、ボーイング707に搭載して実施した飛行試験では40Mbpsの伝送能力を達成した。使用したアンテナは直径2フィートだが、グローバルホークが備える直径4フィートのアンテナを使えば200Mbps出せるとの見込みだったという。

ただ、このHDR-ATがその後に導入されたという話は聞いていないので、7年前の時点では「作って実験してみただけ」という話だったのかもしれない。

ちなみに、WGSはアメリカ3軍が共用する通信衛星で、空軍だけでなく海軍でも、艦載用の端末機としてハリス社製のAN/WSC-6G(V)9を使っている。これはWGSのKaバンドに加えてXバンドも使える端末機だ。