【コラム】

軍事とIT

126 人工衛星(5)早期警戒衛星

 

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飛行機で「早期警戒機」と言えば、対空捜索レーダーを搭載した「空飛ぶレーダーサイト」のことである。ところが軍事衛星の世界で「早期警戒衛星」というと、対象もセンサーも違う。

早期警戒衛星のお仕事

軍用の早期警戒衛星は、弾道ミサイルの発射を探知するのが仕事である(おっと、民間用はないから「軍用の」は不要か)。そして、探知手段としては赤外線センサーを使用する。発射を探知したら、即座に本国の指揮所に警告を発する。

なにしろ、大陸間弾道弾(ICBM : Intercontinental Ballatic Missile)は飛翔速度が速いから、発射を探知したらすぐに警告を発しないと、迎撃手段を講じることも、大統領を初めとする国家首脳を緊急避難させることもできない。

弾道ミサイルを発射すれば、ミサイルのロケット・モーターから噴射される排気ガスから大量の赤外線が放射されるので、それを探知することでミサイルの発射を探知できる。特にICBMの場合、固定式サイロなら事前に位置はわかっているから、目を光らせておくのは比較的難しくなさそうだ。

ただし、車載式や鉄道輸送式の移動式ICBM、あるいは海中に潜んでいる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM : Submarine Launched Ballistic Missile)だと、どこから撃ち出されるかわからない。だから結局のところ、特定の場所だけピンポイントで見張るのではなく、広い範囲をカバーできるようにしておかなければならない。

そこで早期警戒衛星は静止衛星として、全世界をカバーするには少なくとも3基を打ち上げておく必要がある。継続的に決まった範囲を見張るのであれば、周回衛星より静止衛星のほうが具合がよい。

ところが、通信衛星の項でも述べたように、静止衛星は北極や南極をカバーしづらいという難点がある。衛星は赤道の上空にいて、地球は球体だから、必然的にそういうことになる。

そこで米軍では、DSP(Defense Support Program)の後継機として開発・配備を進めている「新型早期警戒衛星・SBIRS(Space Based Infrared System)」について、静止衛星と周回衛星の2本立てにした。静止衛星は「SBIRS-GEO(SBIRS Geosynchronous Earth Orbit)」、周回衛星は「SBIRS-HEO(SBIRS Highly Elliptical Orbit)」といい、その名の通り、後者は高楕円軌道を周回することで極地をカバーしている。

SBIRS-GEO早期警戒衛星 写真:USAF

実のところ、北極や南極にはICBMサイロも移動式ICBMもないが、ロシアのミサイル原潜は比較的北極に近い海域を行動範囲としているし、極地までしっかりカバーしようとすれば、GEOに加えてHEOもあるほうが望ましい。

ちなみに、早期警戒衛星が弾道ミサイルの発射を探知した後でアメリカの軍と政府がどういう対応行動をとるかについて述べた場面が、トム・クランシーの小説『大戦勃発』の第4巻に出てくる。

平時にも仕事がある早期警戒衛星

これだけ見ると、早期警戒衛星が必要になるのはICBMやSLBMが飛び交う世界終末核戦争の場面ぐらいかと思われそうだが、実はそういうわけでもない。

例えば、北朝鮮やイランやインドやパキスタンが弾道ミサイルの試射(衛星打ち上げという名の事実上のミサイル発射、も含む)を行った場合、それも早期警戒衛星による監視の対象になり得る。

普通、試射を行う際には事前に周辺諸国などに通告して、航空機や艦船が試験空域/試験海域に立ち入らないようにするものだから、その時点で発射の有無はわかる。ただし、必ずそうなるという保障はないから、やはり監視手段は欲しい。

開発中のものだけでなく、配備済みのICBMやSLBMについて信頼性を検証する目的で、定期的に試射を実施することもある。新型のミサイルを開発するための試射も、もちろんある。これらも「試射だから放置しておいて良い」とはならず、情報収集の観点からいって監視しておくに越したことはない。

ミサイルの区別という問題

試射の場合には事前通告があるのが普通だから、「試射」と「本番」の区別はつくはずである。逆に言えば、何の予告も通告もなしにいきなり弾道ミサイルを発射したら、それを探知した側は警戒態勢を一挙に引き上げることになるのは当然だ。その後の反応次第では世界終末戦争の引き金を引くことにもなりかねないので、面倒な話となる。

だから「試射」と「本番」の区別は重要なのだが、それとは別の区別もある。弾道ミサイルによっては核弾頭と通常弾頭のどちらでも装備できるようになっているものがあり、それは着弾してみないと、どちらが搭載されているのかわからない。

アメリカで以前、トライデントSLBMの高い命中精度を生かして、通常弾頭装備の長距離攻撃手段にしてはどうかという話が出たことがある。トライデントの命中精度からすれば、1つの建物を狙い撃ちするのは難しくても、そこそこの広さがある施設に当てることぐらいはできそうだ。

ところが、発射を探知した側から見ると、核弾頭装備のトライデントも通常弾頭装備のトライデントも、ロケット・モーターの部分は同じだから区別がつかない。ミサイルによってそれぞれ異なる赤外線放射特性のデータを収集・蓄積しておけば、発射されたミサイルの種類は分かる。しかし、同じミサイルで弾頭の種類が違うと、弾頭の区別はつかない。

だから、通常弾頭付きのトライデントでも、それを核弾頭装備だと思って対応行動をとられてしまうと、これもまた世界終末戦争の引き金を引くことになりかねない。そんなリスクが指摘されたせいもあり、通常弾頭型トライデントの話は沙汰やみになった。

しかし裏を返せば、ミサイルの機種の区別がつくぐらいの探知・識別能力が現実のものになっているということでもある。

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インデックス

連載目次
第144回 X-2と将来戦闘機(10)運用構想と技術の関係
第143回 X-2と将来戦闘機(9)機内空間設計と3D CAD
第142回 X-2と将来戦闘機(8)FBWか、FBLか
第141回 X-2と将来戦闘機(7)データリンク
第140回 X-2と将来戦闘機(6)モデリングとシミュレーション
第139回 X-2と将来戦闘機(5)カウンター・ステルス
第138回 X-2と将来戦闘機(4)クラウド・シューティング
第137回 実はハイテクな救難ヘリコプター
第136回 X-2と将来戦闘機(3)スマート・スキン
第135回 X-2と将来戦闘機(2)推力・飛行統合制御[2]
第133回 X-2と将来戦闘機(1)推力・飛行統合制御[1]
第132回 軍事作戦と通信(5)通信とコンピュータの関わり
第130回 軍事作戦と通信(4)国立暗号博物館訪問記
第129回 軍事作戦と暗号(3)暗号の機械化
第128回 軍事作戦と通信(2)コードとサイファー
第127回 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ
第126回 人工衛星(5)早期警戒衛星
第125回 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)
第124回 人工衛星(3)偵察衛星
第123回 人工衛星(2)通信衛星
第122回 人工衛星(1)軍事衛星の種類いろいろ
第121回 防空とIT(7)エネルギー兵器の場合
第120回 防空とIT(6)IAMD(防空とミサイル防衛の統合)
第119回 防空とIT(5)艦隊防空[その2]
第118回 防空とIT(4)艦隊防空[その1]
第117回 防空とIT(3)野戦防空
第116回 防空とIT(2)防空システムのコンピュータ化
第115回 防空とIT(1)第二次世界大戦における防空システム
第114回 米海軍イージス艦を見る(4)戦闘システムの形態管理
第113回 米海軍イージス艦を見る(3)艦橋の更新
第112回 米海軍イージス艦を見る(2)戦闘システムの更新
第111回 米海軍イージス艦を見る(1)「変わるもの」と「変えてはいけないもの」
第110回 電子戦とIT(10)蔵出し写真館・艦艇編
第109回 電子戦とIT(9)蔵出し写真館・飛行機編
第108回 電子戦とIT(8)電子戦装置の自動化
第107回 電子戦とIT(7)艦艇の電子戦装備
第106回 電子戦とIT(6)その他の電子戦
第105回 電子戦とIT(5)自衛用電子戦装備
第104回 電子戦とIT(4)ECCM
第103回 電子戦とIT(3)ECMとCOMJAM
第102回 電子戦とIT(2)脅威ライブラリ
第101回 電子戦とIT(1)電子戦とはなんぞや
第100回 水中戦とIT(9)ソノブイ・オペレーション
第99回 水中戦とIT(8) 潜水艦の目標運動解析(2)
第98回 水中戦とIT(7) 潜水艦の目標運動解析(1)
第97回 水中戦とIT(6)港湾警備・ダイバー探知
第96回 水中戦とIT(5)嫌らしい機雷
第95回 水中戦とIT(4)機雷戦その2
第94回 水中戦とIT(3)機雷戦その1
第93回 水中戦とIT(2)魚雷避けに関するいろいろ
第92回 水中戦とIT(1)水中戦とは?
第91回 艦艇のシステム化(6)タンクと電子制御
第90回 艦艇のシステム化(5)フネの中における通信手段
第89回 艦艇のシステム化(4)ズムウォルト級とTSCE-I
第88回 艦艇のシステム化(3)省人化とダメコン
第87回 艦艇のシステム化(2)指揮管制装置とは
第86回 艦艇のシステム化(1)システム艦とは
第85回 射撃管制(6)対地・対艦ミサイル
第84回 射撃管制(5)対空ミサイル
第83回 射撃管制(4)砲兵に特有の事情
第82回 射撃管制(3)機関銃・機関砲・火砲その3
第81回 射撃管制(2)機関銃・機関砲・火砲その2
第80回 射撃管制(1)機関銃・機関砲・火砲その1
第79回 相互運用性(5)相互運用性実現の足を引っ張るのは?
第78回 相互運用性(4)物資補給の相互運用性
第77回 相互運用性(3)情報システムの相互運用性
第76回 相互運用性(2)通信分野の相互運用性
第75回 相互運用性(1)相互運用性とは
第74回 不正規戦とIT(8)NATOが演習にソーシャル・メディアを取り込む
第73回 不正規戦とIT(7)国境線の侵入監視や港湾警備
第72回 不正規戦とIT(6)不正規戦と電子戦
第71回 不正規戦とIT(5)コミュニケーションに翻訳ツール
第70回 不正規戦とIT(4)民心掌握とIT
第69回 不正規戦とIT(3)通信を利用した追跡・捕捉
第68回 不正規戦とIT(2)コミュニケーション手段としてのIT
第67回 不正規戦とIT(1)宣伝戦とインターネット
第66回 衛星携帯電話も使いよう
第65回 個人用装備のIT化(5)無線機をめぐる話・いろいろ!?
第64回 個人用装備のIT化(4)個人用武器の精密誘導化
第63回 個人用装備のIT化(3)個人用情報端末機器のあれこれ
第62回 個人用装備のIT化(2) 個人レベルの通信網はどうするか
第61回 個人用装備のIT化(1) 個人レベルの情報武装
第60回 サイバー防衛(8) ソーシャル・エンジニアリング
第59回 サイバー防衛(7) サプライチェーンという戦場
第58回 サイバー防衛(6) オープンな場も戦場になる
第57回 サイバー防衛(5) 弱者の最強兵器
第56回 サイバー防衛(4) アクティブ・ディフェンス
第55回 サイバー防衛(3) 攻撃手段いろいろ
第54回 サイバー防衛(2) サイバー攻撃の動機・手段・内容
第53回 サイバー防衛(1) サイバー攻撃・サイバー防衛とは
第52回 軍事におけるシミュレーションの利用(6) 負傷者治療の巻
第51回 軍事におけるシミュレーションの利用(5) 計測とデブリの巻
第50回 軍事におけるシミュレーションの利用(4) 海の巻
第49回 軍事におけるシミュレーションの利用(3) 陸の巻
第48回 軍事におけるシミュレーションの利用(2) 空の巻
第47回 軍事におけるシミュレーションの利用(1) RDT&Eの巻
第46回 情報活動とIT(6) 情報戦とサイバー戦
第45回 情報活動とIT(5) 情報資料の配信と利用
第44回 情報活動とIT(4) 情報を管理するためのシステムに求められる課題
第43回 情報活動とIT(3) ELINT・COMINT・SIGINT
第42回 情報活動とIT(2) 画像情報のデジタル化
第41回 情報活動とIT(1) なぜ情報活動が必要か
第40回 軍艦・海戦とIT (6) 艦艇の設計・建造とIT
第39回 軍艦・海戦とIT (5) ダメージコントロール
第38回 軍艦・海戦とIT (4) ウェポンシステムとオープンアーキテクチャ
第37回 軍艦・海戦とIT (3) データリンクによるネットワーク化
第36回 軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合
第35回 軍艦・海戦とIT (1) システム艦ってなに?
第34回 警戒監視体制の構築とIT(6) IT化と人手の使い分け
第33回 警戒監視体制の構築とIT(5) 宇宙空間とサイバー空間
第32回 警戒監視体制の構築とIT(4) 陸の警戒監視
第31回 警戒監視体制の構築とIT(3) 海の警戒監視
第30回 警戒監視体制の構築とIT(2) 空の警戒監視
第29回 警戒監視体制の構築とIT(1) 警戒監視とITの関わり
第28回 指揮統制・指揮管制とIT(4) : 関連する要素技術とまとめ
第27回 指揮統制・指揮管制とIT(3) 軍艦の戦闘指揮所
第26回 指揮統制・指揮管制とIT(2) 特定任務分野の指揮管制
第25回 指揮統制・指揮管制とIT(1) 戦略・作戦レベルの指揮統制
第24回 陸戦とIT(6) 兵站業務とIT活用
第23回 陸戦とIT(5) 地雷やIEDの探知もハイテク化
第22回 陸戦とIT(4) IT化と電源の問題
第21回 陸戦とIT(3) 陸戦と通信網
第20回 陸戦とIT(2) 陸戦兵器の精密誘導化
第19回 陸戦とIT(1) 陸戦における状況認識
第18回 UAVとモジュラー設計
第17回 UAVによる映像情報の収集とデータ処理
第16回 無人戦闘機は実現可能か?
第15回 UAVと有人機の空域共有問題
第14回 武装UAVのオペレーション
第13回 無人偵察機(UAV)に関する基本と武装化の経緯
第12回 Build a Little, Test a Little and Learn a Lot
第11回 イージス・アショアとモジュール化と相互運用性
第10回 ミサイル防衛に必要な通信網とネットワーク化交戦
第9回 イージス艦のベースラインと能力向上
第8回 イージス艦とはそもそも何か
第7回 弾道ミサイル防衛とC2BMC
第6回 F-35ライトニングIIの操縦システム
第5回 F-35ライトニングIIの兵站支援
第4回 F-35ライトニングIIのソフトウェア
第3回 F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦
第2回 F-35ライトニングIIの"眼"
第1回 F-35ライトニングIIは何が違う?

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