【コラム】

軍事とIT

125 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)

 

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通信衛星・偵察衛星と並んで軍事衛星の3本柱を構成していると言えそうなのが、測位衛星(航法衛星)だろう。米軍が運用しているGPS(Global Positioning System)は、軍用だけでなく民間にも開放されていることから、カーナビ、スマートフォンやタブレット、さらには単体のGPSロガーなど、さまざまな分野で活用されている。

GPSの前にNNSS

衛星航法システムというとGPSが有名になりすぎたが、実はその前がある。米海軍が1964年に運用を開始した「NNSS(Navy Navigation Satellite System)」がそれだ。当初は軍用としてスタートしたが、1967年に民間にも開放しており、日本のメーカーでも受信機を製作・販売していたことがある。

NNSSは、軌道高度1100kmの円形極軌道を周回する6基の衛星から150MHzと400MHzの電波を送信していた。その内容は、時刻信号と軌道位置データを2分ごとに送信するというもの。2分ごとに送られる時刻信号についてドップラー効果による周波数の変化を調べることで、衛星と受信機の間の距離を計算する。それと軌道位置の情報を突き合わせて測位する仕組みだという。

しかし、その後にGPSが登場したことで出番がなくなり、NNSSは1996年いっぱいで運用を終了した。

GPS

そしてGPSである。開発開始は1973年だが、所要の衛星が出そろったのは1990年代に入ってからの話だ。1991年の湾岸戦争では、まだ衛星の数が足りず、時間によっては精確な測位ができないことがあった。

GPSで使用する衛星はNAVSTARという。航法(Navigation)に使う衛星だからこういう名称にしたわけだが、実はこれ、Navigation System with Time And Rangingという頭文字の略語でもある。しかし、これはおそらくバクロニムで、先に「航法用だからNavigationにちなんだ名前にしよう」といってNAVSTARという名前を決めてから、それらしい単語をねじ込んだのではないだろうか。

閑話休題。最近ではNAVSTARという名称よりもGPS衛星という名称のほうが一般的になっているようだ。これには複数のバージョンがあり、これまでに打ち上げられたのは以下の面々だ。

  • ブロックI : 11基
  • ブロックII : 9基
  • ブロックIIA : 19基
  • ブロックIIR : 13基
  • ブロックIIR-M : 8基
  • ブロックIIF : 12基

ちょうど2月5日に、IIFの最終号機打ち上げが実現したところだ。この後は、ロッキード・マーティン社が最新型のブロックIIIについて、開発・試験・打ち上げ準備作業を進めているところである。

予定の12基が出そろったばかりの最新型GPS衛星・ブロックIIF 写真:USAF

NAVSTAR衛星は高精度の原子時計を搭載しており、周回軌道上を回りながら、衛星の位置と時刻に関する情報を発信している。シグナルには軍用と民間用があり、さらに衛星のバージョンアップによって新波が追加されているので、顔ぶれは多様化している。

GPS受信機は、電波を発信してから受信するまでの時間差を把握することで、衛星と受信機の間の距離を知る。その処理を3基の衛星に対して行うことで、3次元の位置計算が可能になる。だから、最低3基の衛星から電波を受信できなければ、GPSによる測位は成立しない。

さらに4基目の衛星を受信対象に加えることで、時刻の要素を加えた四次元連立方程式を解くことができ、精度が向上するとされる。つまり、GPSは位置だけでなく精確な時刻を得るツールとしても利用できるので、PNT(Position Navigation and Time)という業界用語がある。

衛星が十分に出そろっている現在では、電波を受信できる位置にある衛星の数はもっと多いのが普通だ。その場合、受信状態の良い衛星、あまり近接していない複数の衛星を選ぶほうが望ましい。

他国のシステム

旧ソ連~ロシアではGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)という衛星航法システムを構築・運用している。衛星の所要数は24基だが、ソ連崩壊後の財政難が原因で、運用期限が切れた衛星の後継機を打ち上げられず、衛星が不足した時期があった。しかし、ロシアの財政状況好転やインドの相乗りもあり、現在では所要数を充足できている。

EU諸国が独自に立ち上げたのがガリレオ計画だ。アメリカのGPSに全面依存する事態を避ける狙いがある。ただ、ガリレオの動作原理はGPSと類似しており、両者で民間向けのシグナルについて互換性を持たせる話も決まっている。

まず、実験用の衛星としてGIOVE(Galileo In-Orbit Validation Element)×2基を打ち上げた後、本番用衛星の打ち上げに移り、2015年末の時点で12号機まで打ち上げられた。GPSに地上のインフラを組み合わせて測位精度を向上させるデファレンシャルGPSがあるのと同様、ガリレオでもEGNOS(European Geostationary Navigation Overlay Service)の構想がある。

そのほか、GPSに対抗する測位システムを独自に整備しようとしている国として中国とインドがある。中国は北斗航法システム(CNSS : Compass Navigation Satellite System)といい、最終的には2020年までに35基の衛星をそろえる予定となっている(40基とする情報もある)。

一方、インドはIRNSS(Indian Regional Navigation Satellite System)の整備を進めており、所要の衛星7基のうち5機目の打ち上げまで進んだところだ。IRNSSは静止衛星を主体としているところが特徴で、カバー範囲は自国の周辺となっている。この辺が、全世界のカバーをもくろんでいる他のシステムと違うところだ。

そして日本でも準天頂衛星「みちびき」があるのはご存じの通りである。ただ、これは軍用とうたっているわけではないので、「軍事とIT」としては「こういうものもあるよ」という話にとどめておく。

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インデックス

連載目次
第169回 延命改修(5)艦艇の場合
第168回 延命改修(4)輸送機の場合
第167回 延命改修(3)AWACS機の場合 - E-3Cセントリーの機内を紹介
第166回 延命改修(2)F-15の場合
第165回 延命改修(1)総論
第164回 特集F-35(6)短距離離陸・垂直着陸を容易に実現
第163回 特集F-35(5)ソフトウェアの開発と飛行諸元の制限
第162回 特集F-35(4)不思議の国のALIS
第161回 特集F-35(3)CNIとデータリンク
第160回 特集F-35(2)EO-DASとHMD
第159回 特集F-35(1)精緻な組み立て工程
第158回 平成29年度概算要求における情報通信系の話題
第157回 装甲戦闘車両とIT(12)車両の無人化と自動走行
第156回 装甲戦闘車両とIT(11)IEDジャマー
第155回 装甲戦闘車両とIT(10)周辺監視用カメラなど
第154回 装甲戦闘車両とIT(9)アクティブ自衛システム
第153回 装甲戦闘車両とIT(8)砲弾と信管
第152回 装甲戦闘車両とIT(7)ネットワーク化とユーザー・インタフェース
第151回 装甲戦闘車両とIT(6)FBCB2とBFTとBMS
第150回 装甲戦闘車両とIT(5)指揮車という名のAFV
第149回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(4)IED対応のアクティブ座席
第148回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(3)砲兵の射撃統制装置
第146回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(2)戦車の射撃統制装置
第145回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(1)行進間射撃
第144回 X-2と将来戦闘機(10)運用構想と技術の関係
第143回 X-2と将来戦闘機(9)機内空間設計と3D CAD
第142回 X-2と将来戦闘機(8)FBWか、FBLか
第141回 X-2と将来戦闘機(7)データリンク
第140回 X-2と将来戦闘機(6)モデリングとシミュレーション
第139回 X-2と将来戦闘機(5)カウンター・ステルス
第138回 X-2と将来戦闘機(4)クラウド・シューティング
第137回 実はハイテクな救難ヘリコプター
第136回 X-2と将来戦闘機(3)スマート・スキン
第135回 X-2と将来戦闘機(2)推力・飛行統合制御[2]
第133回 X-2と将来戦闘機(1)推力・飛行統合制御[1]
第132回 軍事作戦と通信(5)通信とコンピュータの関わり
第130回 軍事作戦と通信(4)国立暗号博物館訪問記
第129回 軍事作戦と暗号(3)暗号の機械化
第128回 軍事作戦と通信(2)コードとサイファー
第127回 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ
第126回 人工衛星(5)早期警戒衛星
第125回 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)
第124回 人工衛星(3)偵察衛星
第123回 人工衛星(2)通信衛星
第122回 人工衛星(1)軍事衛星の種類いろいろ
第121回 防空とIT(7)エネルギー兵器の場合
第120回 防空とIT(6)IAMD(防空とミサイル防衛の統合)
第119回 防空とIT(5)艦隊防空[その2]
第118回 防空とIT(4)艦隊防空[その1]
第117回 防空とIT(3)野戦防空
第116回 防空とIT(2)防空システムのコンピュータ化
第115回 防空とIT(1)第二次世界大戦における防空システム
第114回 米海軍イージス艦を見る(4)戦闘システムの形態管理
第113回 米海軍イージス艦を見る(3)艦橋の更新
第112回 米海軍イージス艦を見る(2)戦闘システムの更新
第111回 米海軍イージス艦を見る(1)「変わるもの」と「変えてはいけないもの」
第110回 電子戦とIT(10)蔵出し写真館・艦艇編
第109回 電子戦とIT(9)蔵出し写真館・飛行機編
第108回 電子戦とIT(8)電子戦装置の自動化
第107回 電子戦とIT(7)艦艇の電子戦装備
第106回 電子戦とIT(6)その他の電子戦
第105回 電子戦とIT(5)自衛用電子戦装備
第104回 電子戦とIT(4)ECCM
第103回 電子戦とIT(3)ECMとCOMJAM
第102回 電子戦とIT(2)脅威ライブラリ
第101回 電子戦とIT(1)電子戦とはなんぞや
第100回 水中戦とIT(9)ソノブイ・オペレーション
第99回 水中戦とIT(8) 潜水艦の目標運動解析(2)
第98回 水中戦とIT(7) 潜水艦の目標運動解析(1)
第97回 水中戦とIT(6)港湾警備・ダイバー探知
第96回 水中戦とIT(5)嫌らしい機雷
第95回 水中戦とIT(4)機雷戦その2
第94回 水中戦とIT(3)機雷戦その1
第93回 水中戦とIT(2)魚雷避けに関するいろいろ
第92回 水中戦とIT(1)水中戦とは?
第91回 艦艇のシステム化(6)タンクと電子制御
第90回 艦艇のシステム化(5)フネの中における通信手段
第89回 艦艇のシステム化(4)ズムウォルト級とTSCE-I
第88回 艦艇のシステム化(3)省人化とダメコン
第87回 艦艇のシステム化(2)指揮管制装置とは
第86回 艦艇のシステム化(1)システム艦とは
第85回 射撃管制(6)対地・対艦ミサイル
第84回 射撃管制(5)対空ミサイル
第83回 射撃管制(4)砲兵に特有の事情
第82回 射撃管制(3)機関銃・機関砲・火砲その3
第81回 射撃管制(2)機関銃・機関砲・火砲その2
第80回 射撃管制(1)機関銃・機関砲・火砲その1
第79回 相互運用性(5)相互運用性実現の足を引っ張るのは?
第78回 相互運用性(4)物資補給の相互運用性
第77回 相互運用性(3)情報システムの相互運用性
第76回 相互運用性(2)通信分野の相互運用性
第75回 相互運用性(1)相互運用性とは
第74回 不正規戦とIT(8)NATOが演習にソーシャル・メディアを取り込む
第73回 不正規戦とIT(7)国境線の侵入監視や港湾警備
第72回 不正規戦とIT(6)不正規戦と電子戦
第71回 不正規戦とIT(5)コミュニケーションに翻訳ツール
第70回 不正規戦とIT(4)民心掌握とIT
第69回 不正規戦とIT(3)通信を利用した追跡・捕捉
第68回 不正規戦とIT(2)コミュニケーション手段としてのIT
第67回 不正規戦とIT(1)宣伝戦とインターネット
第66回 衛星携帯電話も使いよう
第65回 個人用装備のIT化(5)無線機をめぐる話・いろいろ!?
第64回 個人用装備のIT化(4)個人用武器の精密誘導化
第63回 個人用装備のIT化(3)個人用情報端末機器のあれこれ
第62回 個人用装備のIT化(2) 個人レベルの通信網はどうするか
第61回 個人用装備のIT化(1) 個人レベルの情報武装
第60回 サイバー防衛(8) ソーシャル・エンジニアリング
第59回 サイバー防衛(7) サプライチェーンという戦場
第58回 サイバー防衛(6) オープンな場も戦場になる
第57回 サイバー防衛(5) 弱者の最強兵器
第56回 サイバー防衛(4) アクティブ・ディフェンス
第55回 サイバー防衛(3) 攻撃手段いろいろ
第54回 サイバー防衛(2) サイバー攻撃の動機・手段・内容
第53回 サイバー防衛(1) サイバー攻撃・サイバー防衛とは
第52回 軍事におけるシミュレーションの利用(6) 負傷者治療の巻
第51回 軍事におけるシミュレーションの利用(5) 計測とデブリの巻
第50回 軍事におけるシミュレーションの利用(4) 海の巻
第49回 軍事におけるシミュレーションの利用(3) 陸の巻
第48回 軍事におけるシミュレーションの利用(2) 空の巻
第47回 軍事におけるシミュレーションの利用(1) RDT&Eの巻
第46回 情報活動とIT(6) 情報戦とサイバー戦
第45回 情報活動とIT(5) 情報資料の配信と利用
第44回 情報活動とIT(4) 情報を管理するためのシステムに求められる課題
第43回 情報活動とIT(3) ELINT・COMINT・SIGINT
第42回 情報活動とIT(2) 画像情報のデジタル化
第41回 情報活動とIT(1) なぜ情報活動が必要か
第40回 軍艦・海戦とIT (6) 艦艇の設計・建造とIT
第39回 軍艦・海戦とIT (5) ダメージコントロール
第38回 軍艦・海戦とIT (4) ウェポンシステムとオープンアーキテクチャ
第37回 軍艦・海戦とIT (3) データリンクによるネットワーク化
第36回 軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合
第35回 軍艦・海戦とIT (1) システム艦ってなに?
第34回 警戒監視体制の構築とIT(6) IT化と人手の使い分け
第33回 警戒監視体制の構築とIT(5) 宇宙空間とサイバー空間
第32回 警戒監視体制の構築とIT(4) 陸の警戒監視
第31回 警戒監視体制の構築とIT(3) 海の警戒監視
第30回 警戒監視体制の構築とIT(2) 空の警戒監視
第29回 警戒監視体制の構築とIT(1) 警戒監視とITの関わり
第28回 指揮統制・指揮管制とIT(4) : 関連する要素技術とまとめ
第27回 指揮統制・指揮管制とIT(3) 軍艦の戦闘指揮所
第26回 指揮統制・指揮管制とIT(2) 特定任務分野の指揮管制
第25回 指揮統制・指揮管制とIT(1) 戦略・作戦レベルの指揮統制
第24回 陸戦とIT(6) 兵站業務とIT活用
第23回 陸戦とIT(5) 地雷やIEDの探知もハイテク化
第22回 陸戦とIT(4) IT化と電源の問題
第21回 陸戦とIT(3) 陸戦と通信網
第20回 陸戦とIT(2) 陸戦兵器の精密誘導化
第19回 陸戦とIT(1) 陸戦における状況認識
第18回 UAVとモジュラー設計
第17回 UAVによる映像情報の収集とデータ処理
第16回 無人戦闘機は実現可能か?
第15回 UAVと有人機の空域共有問題
第14回 武装UAVのオペレーション
第13回 無人偵察機(UAV)に関する基本と武装化の経緯
第12回 Build a Little, Test a Little and Learn a Lot
第11回 イージス・アショアとモジュール化と相互運用性
第10回 ミサイル防衛に必要な通信網とネットワーク化交戦
第9回 イージス艦のベースラインと能力向上
第8回 イージス艦とはそもそも何か
第7回 弾道ミサイル防衛とC2BMC
第6回 F-35ライトニングIIの操縦システム
第5回 F-35ライトニングIIの兵站支援
第4回 F-35ライトニングIIのソフトウェア
第3回 F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦
第2回 F-35ライトニングIIの"眼"
第1回 F-35ライトニングIIは何が違う?

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