【コラム】

軍事とIT

124 人工衛星(3)偵察衛星

井上孝司  [2016/02/04]

124/139

軍事衛星と聞くと真っ先に連想されるのは、前回に取り上げた通信衛星よりもむしろ、偵察衛星かもしれない。日本では「情報収集衛星」と言っているが、本質は同じである。民間向けだとリモートセンシング衛星と呼ぶことが多いが、これも機能的には似たようなものである。

写真偵察衛星

偵察衛星と言えば一般的には、写真偵察衛星と同義だろう。もっとも、写真偵察衛星といってもセンサーの違いにより、複数の種類に分かれる。

  • 銀塩写真を使用する衛星
  • デジタル写真を使用する衛星
  • 赤外線センサーを使用する衛星

銀塩写真とデジタル写真は、センサーが異なるものの、可視光線映像を得るところは同じだ。ただし銀塩写真だと、衛星が搭載するカメラにフィルムを装填した状態で打ち上げなければならないし、フィルムを使い果たしたら「もはやこれまで」である。地上から補充のフィルムを持っていって再装填するわけにもいかない。

また、撮影したフィルムの回収もひと仕事。例えば、衛星からフィルムをカプセルに入れて投下して、大気圏に突入した後でパラシュートを展開させる。そこに自国の飛行機を送り込んで、降りてくるカプセルをひっかけて回収する。なんていうアクロバティックな手段が必要になった。しかも、フィルムを回収して現像しないと写真を見られないから、リアルタイム性に欠けるという難点もある。

デジタル化によって、こういった苦労は解消された。電源の供給が続く限りは撮影が可能だし、撮影したデータは通信回線を経由して伝送できるので、物理媒体を回収する手間はかからない。しかも、リアルタイムとまではいわないが、ニア・リアルタイムぐらいの鮮度で情報が手に入る。

そういう意味では、情報通信技術の発展による恩恵を大きく受けた分野のひとつが偵察衛星だと言える。

なお、赤外線センサーを使用する偵察衛星には、可視光線映像とは違った利点がある。可視光線ではわからない違いを、赤外線センサーによって暴き出せることがあるからだ。

例えば、海中に原潜が潜んでいても、可視光線映像ではわからない(海面下にいるのだから当然だ)。だが、原潜の主機は外部に熱を放出している。タービンを回した水蒸気を水に戻すための復水器が熱の発生源になるからだ。それによる微妙な海水温度の上昇を赤外線センサーで探知できれば、潜水艦の存在を知る手段になり得る。もっとも、これは海水の温度に影響される部分もあり、もちろん水温が低いほうが探知しやすい。

似たような話で、森の中に戦車の群れが潜んでいた場合も、エンジンを回していれば赤外線を放出するから、赤外線センサーによって探知できる可能性がある。もっとも、戦車を探すのは衛星より偵察機の仕事だ。実際、偵察機に搭載する目的で造られた赤外線センサーもある。

さらに念を入れるならば、同じ衛星に可視光線用のセンサーと赤外線センサーを一緒に積み込んでおいて、同じ場所を同時に撮影する。その結果を重畳することで、可視光線だけ、あるいは赤外線だけではわからないものが見えてくるかもしれない。マルチスペクトラルセンサー映像というやつだ。

レーダー偵察衛星

もっと影が薄い……というか、知名度が低そうな偵察衛星が、レーダー偵察衛星だ。これには、合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)を使う衛星と、旧ソ連が好んで利用していたレーダー海洋偵察衛星(RORSAT : Radar Ocean Reconnaissance SATellite)がある。

SARとは、可視光線ではなく電波を使って地表の映像を得る手段である。軌道上を周回している衛星の「動き」を利用して、実際に衛星が搭載しているレーダー・アンテナよりも大型で解像度の高いアンテナと同等の機能を実現、それによって解像度の高いレーダー映像を得ようというものである。

だから、生成した映像は写真みたいな感じで地表の凸凹を表したものになる。電波と光の波長の違いが原因で、可視光線と比べると解像度は落ちる。しかし、天気が悪くても使える利点がある。

Googleでもbingでもなんでもよいが、衛星写真を見られるWebサイトで確認してみてほしい。場所と撮影タイミングによっては、地表が雲に覆われていて、状況がわからない場面がある。可視光線だとこういうことが起きるが、SARなら雲があっても関係ない。

ちなみに、日本の情報収集衛星には「光学衛星」と「レーダー衛星」があるが、後者がSAR搭載の衛星である。

一方のRORSATは主として、洋上の艦隊の動向を探る目的で使われた。RORSATが米海軍の空母機動部隊を探知したら、そこに対艦ミサイルを搭載した爆撃機を送り込んで攻撃を仕掛ける、といった使い方を想定していたわけだ。水上艦や潜水艦が近くにいれば、それも攻撃手段として使える。

洋上にいる艦隊の位置がわかればよいので、SARほどの解像度は求められない。海面からの反射と、海上にいるフネからの反射の区別がつけば、それで用は足りる。

SIGINT衛星

変わったところでは、SIGINT(Signal Intelligence)用の衛星が存在する。SIGINTというと通常は陸上の固定施設、航空機、あるいは艦船を使用するものだが、宇宙空間で傍受を企てるのがSIGINT衛星だ。

ただし、電離層で反射されてしまう低周波数の通信、例えば短波(HF : High Frequency)通信は宇宙空間まで出てこない(だからHFによる遠距離通信が成立する)。そのため、電離層を突破して宇宙空間まで出てくる、高い周波数の電波だけが傍受対象になり得る。

他の偵察衛星と比べるとSIGINT衛星は公開されている情報が乏しいが、例えばアメリカでは、フェレットというシステムを備えた偵察衛星を飛ばしていたことがあるとされている。使用した衛星はSAMOS(Satellite and Missile Observation System)シリーズの中のどれかだという。

SIGINTというのは何でもそうだが、傍受したい対象があるところで聞き耳を立てていなければ、何も傍受できなくて徒労に終わる。だから衛星の場合、宇宙空間まで出てくる電波でなければ傍受できず、対象が限られる難点がある。

しかも、周回衛星は基本的に決まった周期で地球の周りを回っているから、たまたま衛星が上空にいる時に傍受相手の誰かさんが電波を出してくれなければ、傍受が成立しない。そして周回衛星だと、ひとつところにとどまって傍受を続けることができない。

そういう融通の利かないところがあるので、SIGINTの手段としては航空機や艦船の方が都合が良いようである。ただし、広大な陸地を持つ国(例えばロシアや中国)の内陸部が相手となると、領空侵犯でもしない限りは傍受不可能になってしまう。そういうときには衛星の出番があるかもしれない。

124/139

インデックス

連載目次
第139回 X-2と将来戦闘機(5)カウンター・ステルス
第138回 X-2と将来戦闘機(4)クラウド・シューティング
第137回 実はハイテクな救難ヘリコプター
第136回 X-2と将来戦闘機(3)スマート・スキン
第135回 X-2と将来戦闘機(2)推力・飛行統合制御[2]
第133回 X-2と将来戦闘機(1)推力・飛行統合制御[1]
第132回 軍事作戦と通信(5)通信とコンピュータの関わり
第130回 軍事作戦と通信(4)国立暗号博物館訪問記
第129回 軍事作戦と暗号(3)暗号の機械化
第128回 軍事作戦と通信(2)コードとサイファー
第127回 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ
第126回 人工衛星(5)早期警戒衛星
第125回 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)
第124回 人工衛星(3)偵察衛星
第123回 人工衛星(2)通信衛星
第122回 人工衛星(1)軍事衛星の種類いろいろ
第121回 防空とIT(7)エネルギー兵器の場合
第120回 防空とIT(6)IAMD(防空とミサイル防衛の統合)
第119回 防空とIT(5)艦隊防空[その2]
第118回 防空とIT(4)艦隊防空[その1]
第117回 防空とIT(3)野戦防空
第116回 防空とIT(2)防空システムのコンピュータ化
第115回 防空とIT(1)第二次世界大戦における防空システム
第114回 米海軍イージス艦を見る(4)戦闘システムの形態管理
第113回 米海軍イージス艦を見る(3)艦橋の更新
第112回 米海軍イージス艦を見る(2)戦闘システムの更新
第111回 米海軍イージス艦を見る(1)「変わるもの」と「変えてはいけないもの」
第110回 電子戦とIT(10)蔵出し写真館・艦艇編
第109回 電子戦とIT(9)蔵出し写真館・飛行機編
第108回 電子戦とIT(8)電子戦装置の自動化
第107回 電子戦とIT(7)艦艇の電子戦装備
第106回 電子戦とIT(6)その他の電子戦
第105回 電子戦とIT(5)自衛用電子戦装備
第104回 電子戦とIT(4)ECCM
第103回 電子戦とIT(3)ECMとCOMJAM
第102回 電子戦とIT(2)脅威ライブラリ
第101回 電子戦とIT(1)電子戦とはなんぞや
第100回 水中戦とIT(9)ソノブイ・オペレーション
第99回 水中戦とIT(8) 潜水艦の目標運動解析(2)
第98回 水中戦とIT(7) 潜水艦の目標運動解析(1)
第97回 水中戦とIT(6)港湾警備・ダイバー探知
第96回 水中戦とIT(5)嫌らしい機雷
第95回 水中戦とIT(4)機雷戦その2
第94回 水中戦とIT(3)機雷戦その1
第93回 水中戦とIT(2)魚雷避けに関するいろいろ
第92回 水中戦とIT(1)水中戦とは?
第91回 艦艇のシステム化(6)タンクと電子制御
第90回 艦艇のシステム化(5)フネの中における通信手段
第89回 艦艇のシステム化(4)ズムウォルト級とTSCE-I
第88回 艦艇のシステム化(3)省人化とダメコン
第87回 艦艇のシステム化(2)指揮管制装置とは
第86回 艦艇のシステム化(1)システム艦とは
第85回 射撃管制(6)対地・対艦ミサイル
第84回 射撃管制(5)対空ミサイル
第83回 射撃管制(4)砲兵に特有の事情
第82回 射撃管制(3)機関銃・機関砲・火砲その3
第81回 射撃管制(2)機関銃・機関砲・火砲その2
第80回 射撃管制(1)機関銃・機関砲・火砲その1
第79回 相互運用性(5)相互運用性実現の足を引っ張るのは?
第78回 相互運用性(4)物資補給の相互運用性
第77回 相互運用性(3)情報システムの相互運用性
第76回 相互運用性(2)通信分野の相互運用性
第75回 相互運用性(1)相互運用性とは
第74回 不正規戦とIT(8)NATOが演習にソーシャル・メディアを取り込む
第73回 不正規戦とIT(7)国境線の侵入監視や港湾警備
第72回 不正規戦とIT(6)不正規戦と電子戦
第71回 不正規戦とIT(5)コミュニケーションに翻訳ツール
第70回 不正規戦とIT(4)民心掌握とIT
第69回 不正規戦とIT(3)通信を利用した追跡・捕捉
第68回 不正規戦とIT(2)コミュニケーション手段としてのIT
第67回 不正規戦とIT(1)宣伝戦とインターネット
第66回 衛星携帯電話も使いよう
第65回 個人用装備のIT化(5)無線機をめぐる話・いろいろ!?
第64回 個人用装備のIT化(4)個人用武器の精密誘導化
第63回 個人用装備のIT化(3)個人用情報端末機器のあれこれ
第62回 個人用装備のIT化(2) 個人レベルの通信網はどうするか
第61回 個人用装備のIT化(1) 個人レベルの情報武装
第60回 サイバー防衛(8) ソーシャル・エンジニアリング
第59回 サイバー防衛(7) サプライチェーンという戦場
第58回 サイバー防衛(6) オープンな場も戦場になる
第57回 サイバー防衛(5) 弱者の最強兵器
第56回 サイバー防衛(4) アクティブ・ディフェンス
第55回 サイバー防衛(3) 攻撃手段いろいろ
第54回 サイバー防衛(2) サイバー攻撃の動機・手段・内容
第53回 サイバー防衛(1) サイバー攻撃・サイバー防衛とは
第52回 軍事におけるシミュレーションの利用(6) 負傷者治療の巻
第51回 軍事におけるシミュレーションの利用(5) 計測とデブリの巻
第50回 軍事におけるシミュレーションの利用(4) 海の巻
第49回 軍事におけるシミュレーションの利用(3) 陸の巻
第48回 軍事におけるシミュレーションの利用(2) 空の巻
第47回 軍事におけるシミュレーションの利用(1) RDT&Eの巻
第46回 情報活動とIT(6) 情報戦とサイバー戦
第45回 情報活動とIT(5) 情報資料の配信と利用
第44回 情報活動とIT(4) 情報を管理するためのシステムに求められる課題
第43回 情報活動とIT(3) ELINT・COMINT・SIGINT
第42回 情報活動とIT(2) 画像情報のデジタル化
第41回 情報活動とIT(1) なぜ情報活動が必要か
第40回 軍艦・海戦とIT (6) 艦艇の設計・建造とIT
第39回 軍艦・海戦とIT (5) ダメージコントロール
第38回 軍艦・海戦とIT (4) ウェポンシステムとオープンアーキテクチャ
第37回 軍艦・海戦とIT (3) データリンクによるネットワーク化
第36回 軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合
第35回 軍艦・海戦とIT (1) システム艦ってなに?
第34回 警戒監視体制の構築とIT(6) IT化と人手の使い分け
第33回 警戒監視体制の構築とIT(5) 宇宙空間とサイバー空間
第32回 警戒監視体制の構築とIT(4) 陸の警戒監視
第31回 警戒監視体制の構築とIT(3) 海の警戒監視
第30回 警戒監視体制の構築とIT(2) 空の警戒監視
第29回 警戒監視体制の構築とIT(1) 警戒監視とITの関わり
第28回 指揮統制・指揮管制とIT(4) : 関連する要素技術とまとめ
第27回 指揮統制・指揮管制とIT(3) 軍艦の戦闘指揮所
第26回 指揮統制・指揮管制とIT(2) 特定任務分野の指揮管制
第25回 指揮統制・指揮管制とIT(1) 戦略・作戦レベルの指揮統制
第24回 陸戦とIT(6) 兵站業務とIT活用
第23回 陸戦とIT(5) 地雷やIEDの探知もハイテク化
第22回 陸戦とIT(4) IT化と電源の問題
第21回 陸戦とIT(3) 陸戦と通信網
第20回 陸戦とIT(2) 陸戦兵器の精密誘導化
第19回 陸戦とIT(1) 陸戦における状況認識
第18回 UAVとモジュラー設計
第17回 UAVによる映像情報の収集とデータ処理
第16回 無人戦闘機は実現可能か?
第15回 UAVと有人機の空域共有問題
第14回 武装UAVのオペレーション
第13回 無人偵察機(UAV)に関する基本と武装化の経緯
第12回 Build a Little, Test a Little and Learn a Lot
第11回 イージス・アショアとモジュール化と相互運用性
第10回 ミサイル防衛に必要な通信網とネットワーク化交戦
第9回 イージス艦のベースラインと能力向上
第8回 イージス艦とはそもそも何か
第7回 弾道ミサイル防衛とC2BMC
第6回 F-35ライトニングIIの操縦システム
第5回 F-35ライトニングIIの兵站支援
第4回 F-35ライトニングIIのソフトウェア
第3回 F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦
第2回 F-35ライトニングIIの"眼"
第1回 F-35ライトニングIIは何が違う?

もっと見る



IT製品 "比較/検討" 情報

特別企画 PR

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事

ZOTAC、有線LANと無線LANに対応したWindows 10搭載スティック型PC
[20:46 5/24] パソコン
JR西日本「みまさかノスタルジー」乗車したまま「津山まなびの鉄道館」へ!
[20:33 5/24] ホビー
【レポート】今週の秋葉原情報 - GeForce GTX 1080は27日22時の発売開始! 旧モデルは在庫処分セールも
[20:32 5/24] パソコン
アデル、ソニーと140億円の巨額レコード契約か
[20:12 5/24] エンタメ
[魚住りえ]「笑点」新司会者・春風亭昇太に「早く結婚して」とエール 滑舌の悪さも「味なんですよね」
[20:09 5/24] エンタメ

特別企画 PR