これまで、電子戦に関する話をいろいろ書いてきた。前回に取り上げた艦艇であれば、人も機械もそれなりに載せる余地がありそうだが、問題は航空機、とりわけ戦闘機や攻撃機に随伴する電子戦機である。

電子戦機にはオペレーターが要る

敵軍のレーダーや通信に対して妨害(ECM : Electronic Countermeasures)をかけるといっても、単に適当な妨害電波を出していればよいというものではない。敵軍が使っているレーダーや通信に合わせた周波数で、適切な妨害をかけなければ効果が出ない。

第一、のべつまくなしに妨害電波を出しっぱなしにしていたら、今度は敵軍の側からジャミング誘導モードにセットしたミサイルが飛んでくる。つまり妨害電波の発信源に向けてミサイルが飛んでくるわけで、それでは貴重な電子戦機が撃ち落とされてしまう。

だから、敵軍がレーダーや通信を作動させているかどうか、作動させた場合には周波数などのパラメータがどうなっているか、といったことを調べて、適切な場所とタイミングで、適切な妨害モードを選んで妨害をかけなければならない。それに対して敵軍が対策(ECCM : Electronic Counter Countermeasures)をかけてきたら、それを受けて妨害モードを見直す必要もある。

そういう、複雑で相応の知識と経験も求められる操作を完全に自動化するのは簡単ではない。そこで電子戦機では、操縦を担当するパイロットとは別に、電子戦専門のオペレーターを乗せるのが通例である。たとえば米海兵隊で使っているEA-6Bプラウラーでは、パイロット1名に対して電子戦担当士官(ECMO : ECM Officer)は3人も乗っている。

もっと大型の機体を使えば、搭載できる人も機材も増えるのだが、あまり期待が大型化すると鈍重になり、速度性能も落ちるので、戦闘機に随伴して掩護する手法(エスコート・ジャミング)ができなくなる。

だから、戦闘機の編隊に随伴する電子戦機は、戦闘機並みか、それに近い飛行性能の機体が欲しい。ましてや空母に載せるとなると、艦上戦闘機か艦上攻撃機をベースにしないと成り立たない。

4人乗り vs 2人乗り

先に取り上げたEA-6Bプラウラーは、もともと米海軍が開発した機体で、A-6イントルーダー攻撃機をベースにしている。A-6は2人乗りだが、EA-6BはECMOを載せるために胴体を延長して4人乗りにした。

米海軍では先日に引退したが、まだ米海兵隊では運用を続けているE-6Bプラウラー電子戦機。左右に2人ずつ並んで前後に座る4人乗りで、左前がパイロット、他がECMOの席。(Photo : US Navy)

そのEA-6BとECM機材の基本的なところを共用している、EF-111Aレイヴンという電子戦機が米空軍にあった。こちらはその名前でお分かりの通り、F-111アードバーク戦闘爆撃機(名前は戦闘機だが、格闘戦が得意な機体ではなさそうだ)に電子戦機器を追加したものだが、EA-6Bと違って2人乗りのままである。

米空軍が過去に使用していたEF-111Aレイヴン電子戦機。電子戦機材は基本的にEA-6Bのものと共通している。(Photo : USAF)

また、米海軍でEA-6Bの後継機として導入したEA-18Gグラウラーは、ベースになったF/A-18Fスーパーホーネットと同じ2人乗りのままである。つまり人数は空軍並みになった。

搭乗員のうちひとりは操縦担当だから、電子戦担当はそれ以外となる。つまり、EA-6Bでは3人でやっていた仕事を、EF-111AやEA-18Gは1人で済ませているわけだ。それを支えているのはいうまでもなく、コンピュータによる自動化である。

専門家のノウハウのソフトウェア化

つまり、EA-6BではECMOが訓練や経験に基づいて、どういう形の妨害を仕掛けるかを決めていたわけだが、EF-111AやEA-18Gではそれを可能な範囲で自動化した。ECMOの訓練や経験をソフトウェア化してコンピュータに教え込まなければ、そういうことは実現できない。

とはいえ、ECMOの仕事を全面的にコンピュータ化できるわけではない。軍用機のミッションは多かれ少なかれ「出たとこ勝負」のところがあるが、電子戦も例外ではない。

こちらが妨害を仕掛けたときに、敵軍がどういう対応をしてくるかは「相手次第」だから、決まり切った対応をしているだけでは仕事にならない。相手の動向に合わせて、「経験の引き出し」に基づいて最適な対処を行わなければならない。

米海兵隊ではEA-6Bの後継として、F-35Bに電子戦機能を持たせる考えだと伝えられている。そのF-35Bはちょうど7月の末に、最初の実戦部隊が実任務可能な体制を達成したところだ。これを「初度運用能力(IOC : Initial Operational Capability)の達成」という。

ところが、F-35Bは単座である。F-35のコンピューティング・パワーは現代の戦闘機の中では図抜けているはずだが、コンピューティング・パワーと妨害用のハードウェアだけがあってもダメで、電子戦は前述したような仕事を果たすためのソフトウェアが命だ。どうやってEA-6Bの代わりを務めさせるのか、興味深いところである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。