前回、「電子戦(EW : Electronic Warfare)を遂行するには、まず仮想敵国を対象とする電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)の収集が必要」という話を書いた。今回は、そこの話をもうちょっと掘り下げてみることにしよう。

何を知る必要があるのか

電子情報といっても具体的に何を調べるのか、というのは当然の疑問であろう。ところが、レーダーと通信の話とその他の電子兵器の話を一緒くたにすると収拾がつかなくなるので、まずはレーダーの話に限定して話を進める。

レーダーとは、電波を出して、それが何かに当たって反射してきたときに、反射波の方位(2次元レーダーなら水平方向、3次元レーダーなら水平方向と垂直方向の両方)、それと送信から反射波の受信までにかかった時間の情報によって距離を調べる道具である。垂直方向の角度と距離が分かれば、高度も幾何学的に算出できる。

ということは、電波を出したら、反射波が返ってくるまでの間は発信を止めて聞き耳を立てていなければならない。だから通常は、間欠的な発信を行う、いわゆるパルス・レーダーになる。ただし用途によっては、連続的に発信と受信を行う連続波(CW : Continuous Wave)レーダーというものもある。

ということは、敵のレーダーが使用している電波の周波数だけでなく、パルス・レーダーか連続波レーダーか、パルス・レーダーならパルス繰り返し数(PRF : Pulse Repetition Frequency)とパルス幅はどれくらいか、といった情報も必要になる。

紛らわしく感じられるかも知れないが、パルス繰り返し数とパルス幅は別のパラメータである。秒間何回のパルスを発信するかがパルス繰り返し数、発信する個々のパルスの送信時間がパルス幅である。

パルスとパルスの間には受信待ちのための空き時間が必要になるから、パルス幅を広げすぎると探知が成り立たなくなる。また、パルス繰り返し数を増やしすぎると、遠方の探知目標から返ってきた電波を受信する前に次のパルスを出すことになってしまう。そういう事情があるので、想定探知距離に見合ったパルス繰り返し数とパルス幅の設定が必要である。

つまり、レーダーに関する電子情報の収集では、受信した敵国、あるいは仮想敵国のレーダー電波を解析して、これらのパラメータに関する数字を出しておかなければならないわけだ。単に広帯域受信機を作動させて記録用のテープか何かを回しておけばよい、というほど簡単な仕事ではない。その後の解析が大事なのだ。

用途の違いは電波特性の違いに現れる

レーダーの用途には、まず捜索レーダーがある。それも、広域捜索に使用するものがあれば、比較的短距離の捜索に使用するものもある。軍艦だと、対空捜索レーダーと対水上レーダーは別に持つ。

遠距離捜索には周波数が低い方が有利だが、精度の面では周波数が高い方が有利なので、どこでバランスをとるかが問題になる。もちろん、パルス繰り返し数やパルス幅をどの程度にするかということも精度に影響する。

それに加えて、ミサイルや機関砲の射撃管制に使用する射撃管制レーダーもある(本連載の第80~85回を参照)。捜索レーダーから受け取った情報に基づいて射撃管制レーダーが作動する図式だが、用途の関係から、こちらの方が高い精度を求められる。そのため、周波数が高くなったり、パルス繰り返し数が高くなったりする。

ということは、レーダー電波を受信したときに、その電波の各種パラメータを調べることで、どういった用途のレーダーなのか、「あたり」をつけることができるのではないか、という話につながる。

したがって、電子情報の収集と解析を行ったら、レーダーの形式ごとに各種パラメータに関する情報を整理して、必要に応じて検索できるようにしておくのが望ましい。いわゆる脅威ライブラリである。

これを構築しておけば、敵地に侵攻した爆撃機が敵のレーダー電波を受信したときに、その電波の各種パラメータを手元の脅威ライブラリと照合することで、相手が何者なのかを把握できる可能性につながる。

たとえば、捜索レーダーの電波を受信した場合には「敵に見つかったらしい」と判断できるし、射撃管制レーダーの電波を受信したときには「撃たれそうだから対処行動を取らないとヤバイ」という話になる。

しかるべき脅威ライブラリが揃っていれば、単に射撃管制レーダーかどうかというだけでなく、何の射撃管制レーダーかも分かるようになる。相手が機関砲なのかミサイルなのか、ミサイルなら機種は何か、といったことまで分かるのであれば、それに越したことはない。

そうなると当然、脅威ライブラリを構築する際には「どのデータをどういう形式で記述して、どう検索するか」というシステム設計の問題が生じる。この辺が「軍事とIT」らしいところである。

レーダー警報受信機

そこで登場する機器が、レーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)である。軍用機のコックピットには自機を中心とする円形の表示装置を設けて、どちらの方位にどんな種類の脅威が存在するのかを、受信したレーダー電波の情報に基づいて表示する。脅威の種類を表示するには、まず脅威ライブラリがないと始まらない。

初期のRWRは、敵のレーダー電波を受信するとビービービーと警告音を鳴らす、あるいは警告灯を点灯させるという程度の代物だったが、これではどちらに向けて回避行動を取ればよいのかが分からず、不親切である。円形表示装置を使って脅威の方位(もしも可能なら距離も)を表示してくれれば、どちらに向けて回避行動を取ればよいかを判断する助けになる。

ちなみにF-35ぐらい新しい世代の機体になると、コックピットの大画面ディスプレイには、存在を探知した敵レーダーの位置情報や、そのレーダーが探知できる範囲といった情報まで現れる。だから、敵レーダーの探知可能範囲を避けるように飛行する、といったことも可能になる理屈だ。もっとも、それができるのも脅威ライブラリが揃っていればこそである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。