前回は、潜水艦が襲撃(探知目標に対して魚雷やミサイルを撃ち込んで攻撃すること)の際に必要となる、目標運動解析(TMA : Target Motion Analysis)と、そのための手段の話で終わってしまった。そこで今回はTMAそのものの話について。

目標運動解析(TMA)の前提条件

前回に書いたように、アクティブ・ソナーで探信したり、レーダーを海面に突き出して作動させたりすれば、たちまち逆探知されて自身の存在を暴露してしまうので、ここではソナーによるパッシブ探知だけでなんとかする、という前提で考える。

しかし、基本的には聴知した目標の方位しか分からないパッシブ・ソナーだけで、どうやって的針と的速と距離を割り出すか。そこで、いくつかの前提条件をまとめておこう。

まず、的速の範囲はめったやたらに広いわけではない。軍艦でも最高速度はせいぜい30ノット(1ノット=1.852km/h)前後のものが大半を占めるし、経済性を旨とする商船はもっと遅い。

そして、潜水艦に探知されないように騒音を抑えようとすれば、全速では走れない。敵潜がいる可能性が高い海域なら、普通は警戒して騒音を減らそうとする。また、全速航行するとあっという間に燃料が減るので、必要性に迫られなければ、軍艦は全速航行はしないで、経済速度(15~18ノットぐらいだろうか)で航行する場面が多いと考えられる。

そして距離だが、ソナーで探知できる距離の範囲内のことだけ考えればいいだろう。もっとも海中では音響収束帯(CZ : Convergence Zone)とか海底からの反射とかいうものがあり、直接波だけでなく、もっと遠方の音を聴知できることがある。しかし、それは間欠的に入ってくるから、連続的に音量が変動する可能性が高い直接波とは区別できるのではないか。

基本は方位変化率

さて。ソナー員から「ソナー探知、方位2-9-2」とかなんとか探知報告が上がってきたとする。しつこいが、この時点で分かるのは方位だけである。

そこでいきなり行動を起こさずに、しばらく聴知を続ける。探知目標が動いていれば方位が変化するはずなので、方位変化率、つまり時間あたりの角度変化を調べる。たとえば最初の探知から2分後に方位が2-9-0に変われば、方位変化率は左方向に向けて毎分1度である。

その際に自艦が止まっていれば計算は楽だが、自艦も移動している場合には、それも考慮に入れなければならない。

また、遠くの目標が早く移動していても、近くの目標がゆっくり移動していても、方位変化率は同じになる可能性がある。だから、方位変化率の大小だけでは距離は分からない。ただし、音量の変化やドップラー効果の有無によって、接近しているか、遠ざかっているかの見当はつく。

そこで、前述したような前提条件に基づいて、的針や距離の大雑把な値を仮定してみる。仮定すれば、その後の方位変化率がどれぐらいになるかどうかは計算できる。その結果と、実際に聴知して得た方位変化率の値を比較すれば、仮定した数字が合っていたかどうかが分かってくる。

たとえば、仮定の値(1)に基づいて出した方位変化率より実際の方位変化率の方が大きかったとする。ということは、的速が仮定より速かったか、距離が仮定より近かったか、ということだ。幅があるのは的速よりも距離だから、まず距離を変えてみる方がよいだろう。

そこで仮定の数字を変えてさらに様子を見る。そして、仮定の値(2)に基づいて出した方位変化率より実際の方位変化率の方が小さければ、数字を変えすぎだったということになるので、少し戻してみる。

と、こんなプロセスを繰り返しながら追い込んでいくことで、的針・的速の見当がついてくる。最初は的針・的速ともそれなりの範囲を持っていたものが、仮定と実測の値を比較するプロセスを繰り返すことでだんだん縮小してきて、点とはいわないまでも、それなりに狭い範囲に収斂する、というイメージだろうか。それができて初めて、魚雷やミサイルに解析値をセットして撃ち出すことができる。

もしも可能であれば、ある地点で探知した後で全速航行して場所を移して、再度、同じ目標の聴知を試みる手もある。同じ場所にとどまっていると方位変化率しか分からないが、自身の位置を大きく変えれば探知目標の方位が大きく変わるから、交差方位法によって位置を標定できる可能性がある。

ただし、移動前と移動後に探知した目標が同じものであることが前提になる。また、相手の動きと自艦の動きの両方を考慮に入れて作図・計算する必要がある。

また、高速航行すれば自艦発生騒音が大きくなるので、被探知をどう避けるかも考えなければならない。原潜なら問題ないが、通常潜だとバッテリの残量が減るという問題もある。

他の情報源も援用する

そこで、パッシブ・ソナー以外の情報も援用できるとありがたい。ESMアンテナを突き出して、たまたま敵艦がレーダーを作動させていれば、傍受した電波を調べることでレーダーの機種が分かる(こともある)。それは敵艦の種類を知る一助になるし、もちろん発信源の方位も分かる。ただし相手が単独ではないと、ソナー探知の目標とESM探知の目標が同じか、別か、を判断する作業が必要になる。

相手が水上艦船なら、近接すれば潜望鏡観測もできる。これで方位と距離の見当をつけられる。艦型識別ができれば、上部構造物やマストがどこまで水面上に突き出ているかを見ることで、距離を概算できる可能性がある(遠ければ見えている範囲が狭くなるからで、これもまた幾何学の問題である)。ただしそれをやるには、突き出した潜望鏡の高さと、視認した目標の寸法に関するおおまかな情報が要る。

レーダーやアクティブ・ソナーを使う手もあるが、これは「最後の手段」であろうか。

TMAにまつわるいろいろ

前回にも述べたように、このTMAのプロセスというのは基本的に幾何学の領域であり、数字さえ決めれば、コンピュータで計算できる部分が多い。

ただし、そこのところは国によって流儀が異なり、すべてコンピュータで処理する流儀の海軍と、コンピュータによる処理と紙の上での手書き作図を併用する流儀の海軍があるようである。どちらが正しくて、どちらが間違っているというものでもないが、併用するとダブルチェックになる反面、紙とコンピュータが違う結果を出してきたときに厄介なことになるかも知れない。

この「紙 vs コンピュータ」という話、会社の日常業務でもありそうな話である。ただし、TMAによって得た解析値を魚雷にダイレクトに送り込むことを考えると、コンピュータを使う方が便利だ。紙の上で作業をすると、いちいち手入力しなければ魚雷を調定できない。

なお、TMAのプロセスが円滑に進む前提条件は、的針・的速が変化しないことである。帝国海軍でいうところの之字運動、つまりジグザグ航行をするのは、(敵潜から見た場合の)的針を不規則に変化させて、TMAプロセスを阻害するのが目的である。もちろん、速力も一定にしないで上げたり下げたりする方が、敵潜のTMAプロセスは難しいものになる。

そうなってくると、コンピュータ任せで万事解決とは行かず、ときには艦長のカンで「えいやっ」と勝負に出なければならない場面が発生するかも知れない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。