本連載の第93回で、水上戦闘艦の魚雷対策について書いた。しかし、よくよく考えたらその魚雷を撃つ側、つまり潜水艦のことを書いていなかったので、そちらの話を取り上げてみよう。

基本はパッシブ音響探知

第92回で述べたように、水中では電波を用いるセンサーは実質的に使い物にならないので、頼りになるのは音響センサーだけである。つまりソナーだ。ちなみにソナーとはSONAR(SOund NAvigation Ranging)という頭文字略語だが、ここではカタカナで書く。

ソナーにも、自ら音波を発するアクティブ・ソナー(魚群探知機の親玉みたいなものである)と、聞き耳を立てるだけのパッシブ・ソナー(昔風にいうと水中聴音機)があるが、アクティブ・ソナーで探信なんぞしようものなら、たちまち自分の存在を暴露してしまう。

しかも、(レーダーも同じだが)アクティブ・ソナーによる探知は「発振した音波が何かに当たって反射してきて、その反射音を受信することで初めて探知が成立する」ものだ。

ということは、反射波が途中で減衰して消えてしまうぐらい遠方になると、こちらが発した探信音を相手が聴くことはできるが、こちらは相手を探知できない、ということになる。すると、こちらは相手の存在を知らないのに、相手はこちらの存在を知るという、戦術的にはまことに不利な状況が起きる。

というわけで、基本は聴き耳を立てるだけのパッシブ探知である。ところが、方位も距離も、さらにソナーの構造次第では深度まで分かるアクティブ・ソナーと異なり、パッシブ・ソナーでは方位しか分からない。

あとは、例の高速フーリエ変換(FFT : Fast Fourier Transform。第92回を参照)で周波数帯ごとの分布を解析すれば、音源が何者なのかを推定することはできる(かもしれない)。

また、生の音を聴いたり、そこからスクリューの回転数を読み取ったりという手もある。スクリューの回転数は速力の情報を得る手がかりになるが、最近は回転数を変えずに速力を変えられる可変ピッチプロペラというものもあるので始末が悪い。しかし、参考になる情報は少ないより多い方がよいだろう。

ソナー以外の探知手段

潜水艦には、ソナー以外のセンサーもある。

まず、昔からおなじみの潜望鏡。単に外の様子を見られるというだけではなくて、潜望鏡をグルグル回すと、そのときの方位が分かるようになっているので、いま、どちらの方位を見ているかが分かる。また、距離を目測するための目安になる目盛、あるいは距離計といったものも組み込まれているので、距離を割り出す際の参考になる。

ところが、潜望鏡を海面に突き出せば、目視、あるいはレーダーによって発見される危険性がある。潜水艦が動いていれば、海面に突き出した潜望鏡からウェーキ(航跡)が発生するから、さらに見つかりやすい。

それに、潜望鏡では水平線以遠の様子は見えない。

電子的なセンサーとしては、レーダーとESM(Electronic Support Measures)がある。レーダーは説明の必要はないだろう。ESMとは広帯域電波受信機で、どの周波数帯の電波が、どの方向から来ているかを教えてくれるものだ。ただし受信専用だから、発信源の種類と方位しか分からず、そこのところはパッシブ・ソナーと似ている。

もちろん、レーダーを作動させれば逆探知される危険性があるし、レーダーやESMのアンテナを突き出せば、潜望鏡と同様に被探知のリスクがある。

目標運動解析(TMA)とは

前置きが長くなったが、潜水艦がソナーを駆使して最終的にやることは襲撃、つまり探知目標に対して魚雷や対艦ミサイルを撃ち込むことである。

ところが、昔の無誘導魚雷は真っ直ぐ走るだけだから、目標の未来位置を推定して、そこに狙いをつけて魚雷を撃つ必要があった。それが簡単にできるはずもないので、扇形をなすように複数の魚雷を撃って、投網をかけるようにして命中確率を上げていたが、それでは魚雷をたちまち射耗してしまう。いまどきの大きな潜水艦でも20~30発ぐらいしか積んでいないのだから。

対して、ホーミング魚雷や対艦ミサイルは誘導装置を持っているから、一発必中を狙う。しかし、誘導装置がカバーできる範囲には限りがあるから、ただ適当に撃っても当たらない。魚雷のホーミング・ヘッドや対艦ミサイルのシーカーが目標を捕捉できる範囲を見定めて、そこに向けて撃つ必要がある。そのため、解析値(solution)を割り出して、発射前に入力してやらねばならない。

そこで必要になるのが、目標運動解析(TMA : Target Motion Analysis)という作業である。つまり、目標(日本海軍や海上自衛隊では的(テキ)というらしい)までの距離、目標の針路(的針)、目標の速度(的速)を割り出す作業である。それをソナーを初めとするパッシブ探知だけでやろうとすれば骨が折れる。

ところで、基本的にTMAは幾何学の問題だから、計算処理、特に三角関数が関わる計算がたくさん出てくる。それならコンピュータを援用できる理屈である。その辺の基本的な考え方について書くと長くなるので、その話は次回に。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。