ここまで4回に渡り、主として「歩兵の分野における、個人レベルの情報化・ハイテク化」という話を取り上げてきた。サイズ・重量・電力消費に関する制約が厳しい中で、いかにしてセンサー機器の導入やネットワーク化による情報優越を実現するかというのは頭の痛い課題だが、もうちょっと上のレベルに目を向けてみると、そちらにも困った課題がある。

指揮階梯ごとに通信機が違う

ことに陸戦では、「指揮官が複数台の通信機をとっかえひっかえしなければならない」という現象が起きる。なぜかといえば、「師団→連隊→大隊→中隊→小隊→分隊」と複数の組織階梯があり、それぞれの階梯ごとに、周波数や変調方式などが異なる、別々の通信機を使うからだ。

小隊や分隊は規模が小さいから、無線機でカバーできる範囲はそれほど広くなくてもいい。そして、カバーするべき部下の人数も多くない。その代わり、無線機を小型軽量にまとめなければ、個人携帯が不可能になってしまう。

そして短距離・見通し線圏内の通信であれば、無線機は超短波(VHF : Very Low Frequency)や極超短波(UHF : Ultra Low Frequency)を使うことが多い。

ところが、上位の組織になるほど指揮官がカバーするべき範囲は広くなる。ということは、無線機には長距離通信能力が求められるし、ときには山の向こう側、地平線の向こう側までカバーするために短波(HF : High Frequency)通信や衛星通信を持ち出さなければならないこともある。

そして、指揮下にある部隊が多くなるから、台数を増やさなければならない。多数の部隊をひとつの無線機、ひとつのチャンネルでカバーしようとすれば収拾がつかなくなるし、情報が混信する。喋った内容は、同じチャンネルを使っている全員に聞こえてしまうから、「知るべき情報や指令だけを伝達して、知らなくてもいい話は知らせない」という考え方にも合わない。

その結果、中堅ないしはそれ以上のレベルの指揮官になると、上位の本部や司令部とやりとりするための通信機と、部下の指揮官とやりとりするための通信機の両方を目の前に並べて、聖徳太子のように(?)マルチタスクでやりとりを行わなければならない。

指揮車は通信機だらけ

陸上自衛隊に「82式指揮通信車」という車輌がある。「指揮」だけでなく「通信」という言葉が付くことでお分かりの通り、この手の車輌は無線機を何台も搭載しているのが常だ。しかも、それぞれの無線機に専任の無線手を割り当てているから、ますます大変なことになる。

82式指揮通信車 (筆者撮影)

陸上自衛隊でも導入を決めている水陸両用装甲車・AAV7には、AAVC1A1という指揮車バージョンがある。たまたま手元に資料があるので、そのAAVC1A1の例を示すと、こんな具合である。

  • 車内の左側に無線手席×5、右側に指揮官席×1、幕僚席×3、操縦席背後に指揮官席×1を配置

  • 無線機はVHF用のAN/VRC-89×2×2セット、VHF用のAN/VRC-92×2×2セット、HF用のAN/PRC-104×1、UHF/VHF兼用のAN/VRC-83×1、合計10台

「×2×2セット」とは、無線手ひとりで無線機2台を扱い、それが無線手2人分という意味だ。指揮車だからといって、指揮官と幕僚の席と地図テーブルだけあればよい、なんていうことにはならない。むしろ、その横に陣取っている無線手と無線機が死命を制する。

それでも、車輌であればまだいい。これが徒歩部隊になると、通信機を何台も持ち歩くのでは大変だから、マルチチャンネルの通信機が必要になる。周波数が違うだけならまだしも、変調方式まで違うと、同じ無線機で対応するというわけにはいかなくなる。そうなれば必然的に、台数が増えてしまって大変だ。

こうした問題を解決する救世主になる(かもしれない)のが、本連載の第21回でも取り上げたソフトウェア無線機(SDR : Software Defined Radio)だ。その名の通りにソフトウェア制御で、周波数帯や変調方式が違っていても、ソフトウェアを切り替えるだけで対応できるというものである。

もちろん、同時に複数の通信をこなすには、それに見合ったハードウェアが必要になるだろう。だが、周波数や変調方式が異なると、いちいち専用のハードウェアを用意しなければならない従来型の通信機よりはマシである。実際、陸上自衛隊が導入を開始した「野外通信システム」もSDRを採用している。

それでは、海や空は?

と、ここまでは陸戦の話をしてきたが、海や空ではどうなるか。

指揮官が上級司令部や指揮下部隊と連絡を取るための通信機を必要とするとか、用途に応じて異なる種類の通信機を必要とするとかいう事情は変わらない。

航空機の場合、用途によっては他所の軍種と直接通信しなければならない場合もあり、たとえば味方の地上軍を空から支援する近接航空支援(CAS : Close Air Support)が該当する。その手の任務に従事する機体では、地上の友軍と直接通信するための無線機を追加設置している。そうやって無線機の種類や数が増えると、パイロットは忙しくなる。

ただ、艦艇にしろ航空機にしろ、動力付きの「プラットフォーム」があって、そこに無線機を搭載するわけだから、徒歩の歩兵が無線機を何台も持ち歩くよりはマシである。もちろん、そんなに余分なスペースをいっぱい抱えているわけではないから、設置する場所、あるいは電源や冷却といった課題はあるのだが。

ただし軍艦の場合、プラットフォームの内部が広大になる場合があるため、そこに別の形で通信機を持ち込むことがある。海上自衛隊の某護衛艦では、広い艦内で乗組員がどこにいても確実に連絡を取れるように、艦内にPHSを導入して、乗組員に端末機を持たせているという。それほど大出力を必要とするわけではないから、空中線の出力が小さいPHSで充分に用が足りるわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。