前回は、「弾道ミサイル防衛の中核は、実は指揮・統制を担当するC2BMC(Command, Control, Battle Management and Communications)システムである」という話を書いた。しかし、指揮・統制だけでミサイルを撃ち落とすことはできず、実際に要撃を担当する「槍」が必要である。

日本では現在、その「槍」として、航空自衛隊のPAC-3と、海上自衛隊のイージス護衛艦に搭載したSM-3ミサイルがある。どちらも、もともと対航空機用の防空システムとして開発・配備したものが、後にポテンシャルを見込まれて弾道ミサイル防衛用として発達を遂げたものだ。

ということで、まずはイージス艦の話から。

イージス艦の特徴

まずは、現時点で弾道ミサイル防衛に対応している「こんごう」級イージス護衛艦の写真を。

海上自衛隊のイージス護衛艦「ちょうかい」(2012年の観艦式で、筆者撮影)

このほか、もっと新しい「あたご」級が2隻あるが、こちらは弾道ミサイル防衛には未対応で、これから対応改修を進める話が決まっている段階だ。

イージス艦の特徴は、艦橋部分の周囲に四面を装備している。八角形のAN/SPY-1レーダーである。フェーズド・アレイ・レーダーといって電気的に首を振るタイプなので、アンテナ自体は固定式だ。機械式に首を振るのと比べると、より迅速に広い範囲を走査できるし、特定の範囲を集中的に見張ることもできる。これが弾道ミサイル防衛で役に立つ。

このレーダーの印象が強すぎるせいか、似たようなフェーズド・アレイ・レーダーを装備する艦を、十把一絡げに「ミニ・イージス」と呼ぶことがあり、その流れで中国海軍の旅洋II型駆逐艦を「中華イージス」と呼ぶことまである。しかし、イージス・システムのキモはレーダーではなく、その背後にある指揮管制システムと、そこで動作するソフトウェアである。フェーズド・アレイ・レーダーを備えていればみんな同じ、というわけではない。

そもそもイージス・システムは、ソ連海軍による対艦ミサイルの飽和攻撃に対処する目的で開発した。つまり、米海軍の空母戦闘群に対して航空機・水上艦・潜水艦から一気に大量の対艦ミサイルを撃ち込んで、対処不可能にすることでミサイルが命中する確率を上げて、無力化してしまおうという話である。

当時、米海軍が使用していた艦対空ミサイルは発射から命中まで誘導レーダーで目標を照射し続ける必要があったので、同時に交戦できる目標の数は誘導レーダーの数に縛られる。しかしイージス・システムと組み合わせるSM-2ミサイルでは、誘導レーダーの使用を命中直前に限定して、それまでは発射時に入力した目標の未来位置まで自動的に飛翔するようにした。だから、誘導レーダーの数よりも多くのミサイルを上げておくことができて、結果的に同時多目標交戦能力が向上する。

そこで問題になるのは、以下の機能である。

  • 多数の目標を捕捉・追尾するとともに今後のコースを予測
  • 個々の目標ごとに脅威度の高低を判断して、優先順位をつける
  • 高い優先順位をつけた目標に対して武器割り当てを行う
  • 要撃コースを計算した上で飛翔すべき位置を入力して、SM-2を発射する
  • 発射後に状況が変わる可能性があるので、常に探知・追尾を継続するとともに、必要に応じてSM-2に修正指令を送る

こういった機能を実現するには、同時に全周を見渡すとともに多数の目標を追跡できるレーダーが必要で、そこでAN/SPY-1レーダーが必要になるわけだ。それだけでなく、脅威度の予測・未来位置の計算・武器割り当てを行うのは指揮管制を担当するコンピュータの仕事であり、そこで使用するソフトウェアが重要な位置を占める。

イージス艦でできること

では、イージス以前の防空艦と比較して、具体的にどの程度の能力向上があったのか。

イージス以前の防空艦は、1隻につき2~4基のミサイル誘導レーダーを搭載していたので、同時多目標交戦能力も2~4目標ということになる。また、レーダーは昔ながらの機械旋回式だから、同時に全周を見渡すのは難しい。

これがイージス艦になると、イージス巡洋艦タイコンデロガ級で同時15~18目標、イージス駆逐艦アーレイ・バーク級や、同級をタイプシップとする海自のイージス艦で同時12目標の交戦が可能といわれている。

さらに、データリンクを通じて他のプラットフォームから探知データを取り込むこともできる。たとえば早期警戒機が前方に進出していれば、そちらから早期に探知データを得ることができる。

そして、探知~追尾~交戦を1隻で完結させるのではなく、複数のイージス艦が連携して「前方に進出して探知を受け持つ艦」「そこからデータを得て交戦を担当する艦」といった具合に任務を分担する、いわゆる共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)という仕組みもある。

防空戦だけでなく、対潜戦 (ASW : Anti Submarine Warfare) や対水上戦 (ASuW : Anti Surface Warfare) についても指揮管制を受け持つことができる。ハイジャック犯人が乗った航空機を戦闘機が要撃して近隣の基地に強制着陸させたときに、イージス艦が管制・誘導を担当したこともある。

このように、さまざまな分野で優れた監視・指揮・管制能力を発揮して見せたことが、イージス艦を弾道ミサイル用途に転用するきっかけになったのであろう。では、弾道ミサイル用途に転用する際に行った変更とは何か。その話は次回に。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。