いきなりだが、タイトルは「中心線」の誤変換ではない。NCW(Network Centric Warfare)という業界用語があり、それの日本語訳が「ネットワーク中心戦」なのである。

実は、航空戦に限らず、陸・海・空のいずれにおいても、この「ネットワーク化」がひとつのトレンドになっている。当然、F-35もそれを前提にした設計になっているので、今回はその辺の話を取り上げてみよう。

データリンクでできること

あまり一般には注目されないが(業界としては、注目されない方が嬉しいだろう)、軍事作戦において死命を制するのは通信である。敵情報告も、指揮下の部隊に対する指令も、そこからの報告も、みんな通信によって成り立つのである。

通信に問題があれば、せっかく敵を発見しても報告が届かないし、適切な場所に適切な規模の部隊を差し向けるのも難しくなる。どんなに有力な部隊を擁していても、それが必要なときに必要な場所にいなければ、戦の役には立たないのである。

民間における通信と同様、軍事通信にも「有線」と「無線」があり、電報、音声通話、そしてデータ通信といった具合に用途を拡大してきた。近年では衛星通信の重要性が増しているが、これは見通し線圏外の遠距離通信を行う需要が増しているためである。

現代の航空戦では、戦闘機・爆撃機・攻撃機などの機体を投入するだけでなく、全体状況を把握して適切な指令を下すために、早期警戒機(AEW : Airborne Early Warning)や空中警戒管制機(AWACS : Airborne Warning And Control System)機を随伴させることが多い。それらの機体に乗った管制員が、敵の所在や向かうべき方向について指示を出すことで、戦闘機などの搭乗員にとっては状況認識(SA : Situation Awareness)の改善につながる。

現代の航空戦を司る「眼」と「頭脳」、それがAWACS機である。写真は米空軍のE-3セントリー(出典 : USAF)

ところが、無線による音声通話では、言い間違いや聞き間違いといったリスクを完全には排除できない。もちろん、できるだけそうした問題が起きないように工夫をするにしても、人間がすることだから100%の完全性を期待できるかどうかは自信がない。

その点、通信途絶しなければという前提付きだが、データ通信は確実性が高い。AEW機やAWACS機がレーダーで得た情報を任務管制用のコンピュータに取り込み、それをデータ通信によって戦闘機などのミッションコンピュータに送り込むわけだ。これを業界ではデータリンクと呼ぶ。

データリンクによってやりとりする基本的な情報は、敵の航空機や艦船の位置と数、友軍機の位置やステータス情報といった、文字ベースでやりとりできる情報である。そして、いわゆる西側諸国でもっともポピュラーなデータリンクが、周波数ホッピング通信を使用するリンク16(別名TADIL-J : Tactical Digital Information Link J)である。

リンク16の無線インタフェースは超短波(UHF : Ultra High Frequency)を使用しており、周波数の範囲は960~1,215MHzである(969~1,206MHzとする資料もある)。ただし、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)と重複する一部の周波数範囲を除外しているため、以下の三つに分かれた範囲を使用することになる。

  • 960MHz(969MHz)~1,008MHz
  • 1,053MHz~1,065MHz
  • 1,130MHz~1,215MHz(1,206MHz)

これらの周波数範囲を51分割して、1秒間に77,000回(77,800回とする資料もある)の周波数ホッピングを行っている。そして、周波数ホッピング通信によって接続可能にした当事者同士の間では、順番にタイム・スロットを割り当てて時分割多元接続通信を行うようにしている。

F-35のデータリンク機能

ただし、リンク16の伝送能力は、データ通信の場合で31.6kbps~1.137Mbpsと、今となっては決して速くない。テキスト・ベースのデータをやりとりするだけなら、これでもなんとかなるが、さらに多種多様な情報をやりとりしようとすれば能力不足になる可能性はある。

そこでF-35では、リンク16に加えて、ノースロップ・グラマン社製のMADL(Multifunction Advanced Data Link)という新型の大容量データリンクを搭載する。早い話がブロードバンド化である。インターネット接続回線がブロードバンド化によって新たな用途を開拓したのと同様、軍用のデータリンクも伝送能力の向上が新たな可能性につながるものと考えられる。

F-35のコックピット・ディスプレイに戦術状況表示を行った例。自機のセンサーで得たデータだけでなく、データリンク経由で外部から得たデータも重畳表示する。花びらのように見えるのは、敵の防空レーダーによって探知される可能性がある「危険範囲」で、これを避けて通れば探知されないという理屈(筆者撮影)

たとえば、有人機であるF-35が無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)と連携して、UAVが搭載するセンサーから送られてきた動画のライブ中継を見ながら目標を捜索、あるいは指示するといった使い方が一般化するかも知れない。実はこれ、米陸軍がこれから導入する新型攻撃ヘリ・AH-64Eアパッチ・ガーディアンで、すでに実現している話である。

F-35の場合、AEW機やAWACS機、あるいはUAVといった外部のプラットフォームからデータを受け取るだけでなく、データリンク機能を使ってF-35同士が情報を共有する使い方も考えられる。そうすると、敵情を当事者全員に周知徹底できるだけでなく、撃ち漏らしがないように目標を割り当てるのも容易になるだろう。これも、すでにF-22ラプターが実現していることである。

もちろん、データリンクを通じてやりとりする情報は、自機のセンサーで得た情報と合わせて融合・重畳処理を行い、例のタッチスクリーン式ディスプレイに表示する。パイロットはそれを一瞥するだけで状況を把握できるという触れ込みである。

ソフトウェア無線機にすることのメリット

F-35が搭載するアビオニクス(航空電子機器)では、通信・航法・敵味方識別、いわゆるCNI(Communications, Navigation and Identification)機能をひとまとめにしており、通信部分はソフトウェア無線機 (SDR : Software Defined Radio)化している。

ソフトウェアを追加、あるいは変更するだけで新しい通信規格に対応できるのがソフトウェア無線機のメリットだ。欧米諸国ではF-35以外でもソフトウェア無線機への移行を進めており、その際に相互運用性を確保するため、アーキテクチャに関する規定(SCA : Software Communications Architecture)を定めたり、その規定に則った新型無線機を開発したりしている。

このCNI機能に限らず、F-35はソフトウェア制御になっている機能が多い。柔軟性や将来に向けた発展性を確保しやすいメリットがある一方で、ソフトウェアの開発負担がリスク要因になるという問題もあるのは否めない。それでも、ハードウェアで作り込むのと比べれば、長期的にメリットがあるはずだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。