5月中旬、グーグルが「ストリートビュー」のデータ収集時に誤って個人情報を収録した事件が報じられた。このプライバシー侵害事件、欧米の各メディアはインターネット時代を象徴するショッキングな出来事として連日、大々的に取り上げ、論評している。

一方、この問題についての国内での報道量はきわめて限られ、従って大きな反応もなく、各国とは極端なコントラストを見せている。この違いは、何を物語っているのだろう。

少し事件の経過をおさらいしてみよう。5月14、15日付のニューヨーク・タイムズによると5月上旬、ドイツの消費者保護庁がグーグルに対し、個人情報の権利侵害に関し厳重な申し入れを行い、早急に是正を求めた。

グーグルは、市街地の写真を閲覧できるネットサービス「ストリートビュー」のため日本を含む世界34カ国・地域でデータ収集車を走らせている。ドイツ当局によると、収集車は搭載した360度カメラで市街、家屋などを撮影するだけでなく、地域内で利用されている無線LANにアクセスして電子メール利用者の交信記録、MACアドレス、利用しているウェブサイト──などのデータの一部を収録していたという。

同庁のイライザ・アイグナー長官は、「この行動はグーグルが、『個人情報の保護は別の惑星の問題』とみなしている事実を改めて明らかにしている。一連の行為はEU諸国の個人情報保護法に違反しており到底、容認できない」として厳重に抗議した。同時に、今後の捜査のためこれら情報を削除せず別途保管しておくことを求めた。

イタリア、スペイン当局も調査を始めていて、この問題は欧州議会の「データ保護委員会」で審議されることになりそうだ。ヨーロッパ各地では、ストリートビューのサービス中止を求める署名運動が始まった。アメリカでもプライバシーが侵害されたとして損害賠償を求める集団訴訟事件が起きている。

グーグルの釈明に各国が反発

これに対し米グーグルのアラン・ユースタス上級副社長(技術・調査担当)は事実関係を認め、「心から申し訳ないと思っている」と謝罪した上で、「収集した個人情報を二次利用することは断じてない。ただちに削除する。ストリートビュー収集は一時中断し、Wi-Fiデータの収録は永久にやめる」と述べた。しかしニューヨーク・タイムズは、「グーグルが非を認めたことで、米国の盗聴防止法に違反している恐れも出てきた。この結果はグーグルに"法的な悪夢"をもたらすだろう」と論評している。

グーグルによるとストリートビュー収集車は、カメラと「パケットスニーファー」と呼ばれる機器を積んでいた。そして撮影と並行して携帯電話向けの地図サービスなどに利用する目的で無線LAN関連情報を収集、その際SSIDとよばれるWi-Fiのネットワーク名と、ルーターを通じた使用数を調査していたが、プログラム設計上、「不必要な」電子メールの一部データ(断片)など個人情報も誤って収録してしまったという。なぜ断片かというと収集機器は1秒間に5回もチャンネルを切り替えて"傍受"していたから全体を記録しているわけではない、というのだ。

各国の司法当局を激昂させたのは、第一にグーグルの「パケット・ロード」、つまりメール交信内容を収録したかどうかについての弁明が二転三転したことだ。さらに、同副社長が談話の中で、「無線LANネットワークでパスワードによって守られてないデータだけを収録した」という表現を使った点も刺激的であった。

パスワードで守られていないネットワーク環境の交信記録は収録されても仕方がないではないか、という風に受け取られたからである。無線LANにパスワードを設定するかどうかは使用者が決める問題である。

こうした情報環境の設定は、「泥棒に入られたくなければ玄関にカギをかけろ」ということとは少し違うのではないか、という気がする。

「プログラム設計上誤って収録してしまった」という説明にも各国関係者は懐疑的である。それというのも過去、こんなケースが連発しているからである。

4月、ヨーロッパ8カ国とイスラエル、ニュージーランド政府は、グーグルが2月に提供を開始した「グーグル・バズ」で利用者の本名や位置情報などが、「誤って」本人の了解を得ぬまま公にされてしまったことを非難する共同声明を出した。またスイスでは同国政府が提訴した裁判所命令によって同国内でのストリートビュー表示は中断されている。アイルランドでも同様の処置が取られている。

2月にはイタリアのミラノ地裁で3人のグーグル社役員が個人情報保護法に基づく名誉棄損で執行猶予6カ月の有罪判決を受けた。もっとも役員らはアメリカに住んでおり、グーグルは直ちに控訴した。

このケースは、グーグルの活動にとって大きな制約を与える可能性があるので引き続いて、その内容をご報告しよう。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。