米メディアとグーグルが課金を巡って「Pay Wall」戦争

11月上旬、日本を訪れた「ニュース・コープ」社のルパート・マードックは各界のトップと精力的に会談を重ねた。

読売新聞主催の「世界経済カンファレンス」での講演、鳩山首相への表敬訪問などは報道されたが、その合間に電機メーカー首脳と盛んに接触したことは、意外と知られていない。消息通によると、「キンドルより使い勝手がよく、しかも安い」情報端末機器の開発と、納入についてシビアな引き合いを行って帰ったようだ。

何故このことが、「メディアの革命」にとって重要なのか。その背景事情を知るためには、アメリカで燃え盛る「Pay Wall」戦争を知る必要がある。

不況下でニュース・コンテンツを供給する新聞、通信社、テレビなど既存メディアと、プラットフォームを運営するグーグルなどアグリゲイターとの間のニュース課金をめぐる対立は、激化の一途だ。この問題については、当コラムの3334回などで論評してきたが、アメリカのメディアは、この対決を『Pay Wall(料金の壁)』戦争と呼んでいる。

今年初め、マードックが「コンテンツ料金を払え」と吠え、グーグル側が「払わない」と応じて始まった"戦争"。その後、この争いにはIT業界のヘゲモニー争いも絡んで複雑な様相を呈している。

インターネット上のコンテンツ課金は大別して二つの流れがある。第一が検索エンジンを提供するプラットフォーマー側がコンテンツ提供者に使用料金を払うケース。グーグルもAP通信社には一定の保証料を支払っているし、日本のヤフーは新聞各社にニュース提供料金を支払っている。

もう一つの方法は、ウォール・ストリート・ジャーナル(以下WSJ)などが、自らのホームページにアクセスしてきた客とカード決済で購読契約を結ぶケースである。WSJによると09年8月現在、電子版の契約読者が約100万人で、うち60万人は割引の適用される新聞紙も併読している。

ただ、いずれの方法も一長一短がある。検索エンジンを提供するプラットフォームは、例えニュース使用料を支払う場合でもサイト上の広告収入から自らの利益と、総コストを引いた残りの範囲でしか払わないからニュース提供側の取り分は極めて少ない。キンドルを例にとると、プラットフォーマーであるキンドルが売り上げの70%以上をとるから、顧客が月10ドルでニューヨークタイムス(以下NYT)を契約してもNYTの取り分は3ドル弱もない。このためマードックはキンドルへの情報提供を拒否している。

従ってニュースコープ側が採算の取れるビジネスモデルを形成するためには、プラットフォームを独自に持つほかに、キンドルに代わる情報端末を開発する──ことが必要になる。これでマードック氏が日本の電機メーカーと協議した理由が納得いただけよう。12月17日、アメリカ・ソニーは、近く自社の情報端末「リーダー」に通信機能を搭載して、ニュース・コープ傘下のWSJ、ニューヨーク・ポストなどを閲読できる新機種を発売すると発表した。

脱グーグルに立ちはだかる難問

しかし、当然ながらビジネスモデルの形成にあたっては、独自のプラットフォームを持つことの方が難問である。そこでマードックは規模においてグーグルに次ぐプラットフォーマーであるマイクロソフト(MSN)と提携して共同ニュースサイトを立ち上げようと協議中だ。

しかし、ここにも難問が立ちはだかる。ご存じのようにグーグルは、ニュースメディアの見出しや前文の一部を無料でリスティングしている。一方で提供側のサイトにはグーグル経由で大量のトラフィックが流れ込んでくるから、提供側の広告収入を押し上げる。さらに個々の記事、ブログ上に貼られたアドセンスなど行動ターゲティング広告でも利益を上げられるのだから、「お互いウイン、ウインではないか」というのがグーグル側の論理だ。

Hitwiseの調査ではwsj.comへのトラフィックの25%がグーグル経由である。Wsj.comの広告収入は年間1億ドル前後だからグーグルの検索エンジンから抜ける(オフラインにする)ことでWSJは、最低でも約1,500万ドルの収入を失うというのがSilicon Alley Insiderの分析である。

この逸失利益を補てんし、さらにニュースコーポレーションの提供するニュースコンテンツに使用料金を支払うことが、UU(ユニークユーザー)数、PV(ページビュー)時間の双方でグーグルに対しはるかに劣勢に立つマイクロソフト側に可能であろうか。アメリカのメディア・ジャーナリストの多くがマードック構想に懐疑的なのはこのためである。

しかし、マードックは、今後数年以内に傘下の新聞のすべてをデジタル化する決意である。今年、同氏は系列の英国ヘラルド・サン紙に『デジタル宣言』ともいうべき一文を寄稿した。この中で、こう述べている。

「新聞業界の人々の多くは、自分たちのビジネスは物質として存在している新聞だけだと考えている。私も他の人に劣らず、印刷された新聞を読むのが好きだが、我々の本当のビジネスとは木の屍(紙=筆者注)に印刷することではない。読者に優れたジャーナリズムと、優れた判断を提供させることだ」。

マードックがデジタル新聞化を進める限りグーグルの「Pay wall」戦争は続くのだ。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル」「血の政治 青嵐会という物語」(新潮新書)、「YouTube民主主義」(マイコミ新書)などがある。