中村氏「欧米を参考にすることは百害あって一利なし」

今回は、「日本版FCC(※)」構想に批判的な中村伊知哉・慶大教授の意見(「Nikkei Net」9月29日付)を紹介しよう。

※ FCCは、米国のFederal Communication Commission(連邦通信委員会)の略

中村教授は、まず日本版FCCを構想するにあたって、欧米の先行事例を参考にすることは百害あって一利なしだと主張する。

番組制作へのチェック、介入について日本の総務省は、これまで、「どんなにひどいヤラセ番組などがあっても、罰金や電波停止(などの行政処分)をかけずに『こらっ』と言っておしまい(という)政策を続けてきた」。

これに対し、米国のFCCやフランスの放送高等評議会(CSA)は、主観的判断で放送局に対し、ドンドン、「恣意的で不透明な介入をしている」という。確かにFCCや英国のOfcom(通信放送庁)は、行き過ぎと認定した番組に罰金を科すし、CSAは独自の判断基準にもとづいて番組への打ち切り勧告や放送停止命令を出してきている。

だから、「放送への(行政)介入がこんなに緩いのは先進国では日本だけだ。それを捨てて欧米並みにしたいということなのか。(もしそうなら)官僚の思うつぼ。彼らのニヤつく顔が浮かぶ」と中村教授は強調する。

「番組制作、内容への独立委員会の指導力を強める」と苦言

一方、原口一博総務相は、「(日本型FCCは)番組規制でなく、権力から番組への干渉、介入をチェックする機関にしたい」という。しかし郵政官僚でもあった中村教授は、「独立とは、好き勝手にできるということだ。公正中立な委員を据えたところで規制を実施するのは(委員会に派遣された)官僚。総務官僚を議員会館周りから解放して(自由にして)やるようなもの」と指摘する。

政治干渉から放送局を守る権限は、裏返せば放送局の番組制作、内容への独立委員会の指導力を強める方向にも作用しうるし、役人というものは、そのように行動するものだ、というのだ。薬は使いようで毒にだってなる。だから、こうした官僚機構の行動原理を知りぬいている民放の幹部がすぐ「日本版FCC構想」に危険性を感じて反対表明したのは、当然なのだ。

放送界には、番組内容のチェックと質の向上は、放送業界が自主的に作った、第三者機関の「放送倫理・番組向上機構」(BPO)を強化することで果たせる、という主張が強い。

しかしBPOの委員構成は放送界が決めているし、第三者委員会だから、「放送中止勧告」などの強制力はない。

だから、このままいくと免許認可は総務省、言論統制など政治干渉、権力の介入に対しては「日本版FCC」、番組の内容検討、質の向上は、「BPO」が分担するというバラバラな仕組みで対応してゆくことになる。

「日本の通信放送行政上、何を実現したいのか」

中村教授はさらに、行政権限のうち「規制権限」と「振興政策」を分離することも、現実的には不可能であるという。何故か?

「規制や振興は行政の手段だからだ。行政は目的(インフラ整備や利用促進)を各種の手段(規制、信仰、技術開発、税制など)で達成するもので、手段で組織を分けるのはナンセンス」というのだ。

一例として同教授は、ネットワークの全国整備計画を挙げ、以下のように疑問を呈している。

「総務省総合通信基盤局では、接続政策=規制を料金サービス化が担当し、支援措置=振興を高度通信網振興課が担当している。そのミックスで全国整備という目標を達成しようとしているのだが、この役所を分けるのか」

規制と振興は車の両輪、というわけだ。

教授の結論は、「何のための日本版FCCで、それによって日本の通信放送行政上、何を実現したいのか、という目標設定が先決だ」というものだ。

つまり「規制強化なのか緩和なのか」、「電波監理、競争政策の透明化」なのか。あるいは「天下り防止」なのか「公正取引機能の強化」なのか――を明確にして優先度をつけるべきで、ここから対応すべき行政目標と方法が明確になってくる、というのだ。

これは正論だ。日本の通信行政について最優先課題は何か。高齢化社会と人口減少を見据えて、製造業中心の社会から「情報通信関連産業(ICT)社会」=ユビキタス社会への移行をいかに実現してゆくか、であろう。

「出口戦略」から、もう一度通信政策見直しを

では、ICTとは何か?

通信業、放送業、情報通信関連製造業、情報通信関連サービス業など、「情報の生産・加工・蓄積・流通・供給を行う行並びにこれに必要な素材・機器の提供等を行う関連業務である」(総務省)。

2007年の情報通信白書によると、ICT産業は、実質GDP成長の約四割を占めていて、「実質GDP変動に対する寄与率が極めて高く、経済成長のエンジンとなりうる」(同)と位置付けられている。

これは日本の次期成長戦略の中核である。この分野には、合理的な給配電を行うスマート・グリッドなど、内需に貢献する分野も多い。しかし特に重要なのが国際的に通用するコンテンツを生み出し輸出する国際競争力の育成である。民主党政権も、こうした「出口戦略」から、もう一度通信業政策を見直してみたらどうだろうか。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」)」「血の政治 青嵐会という物語(同)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。