日本版FCC、「矛盾の解消」という論理自体が矛盾

原口一博総務相の「日本版FCC(※)構想」に懐疑的な意見が多いと前回書いた。一方で、この考えに賛同している向きもあるので、その意見も紹介してみよう。

※ FCCは、米国のFederal Communication Commission(連邦通信委員会)の略

その一人は東大教授の吉見俊哉氏である。吉見氏は、2009年9月に行われた講演でこのように言っている。

「総務省が直轄で放送局をコントロールしている日本の仕組みは極めて例外的で、世界的にはアメリカのFCCに代表される機関が、通信・放送に対する監督権を持っています。旧郵政省が直接監督する位置にあった日本では、これまで放送行政がしばしば利権化し、それが政権党と放送事業との癒着や政治的な干渉起こる背景にもなってきましたので、それを変えようという趣旨で、総務相から通信行政を切り離すことが新政権になって、提案されました」
「これは、非常にポジティブな可能性を持ちうることをまず認めたいと思います。ただ一方で、逆に独立委員会を通じてメディアへのコントロールが強まるのではないか、という懸念も出ています」

原口提案に好意的ながら一応、バランスを取った意見と言えよう。ただ吉見氏が権力と電波監理の分離例と挙げている朝日新聞の記事は、不正確である。すなわち9月23日付朝日新聞は、このように書いている。

「1952年以降(中略)日本では政府=郵政省が一貫して放送と通信の規制・監督を担ってきた。これに対し海外では、アメリカがFCCを34年に設置し、80年代には欧州では放送の独立機関が設置された。設置の狙いは、国家権力を監視する放送局を国家が監督するという矛盾の解消だった」

「国家」及び「権力」の定義にもよるが、当コラムの第39回第40回を読んでいただけば分るように、FCCが国家権力そのものであることは自明である。だからこそ「日本版」というのだろうが、「矛盾の解消」という論理自体が矛盾しているのである。

コンテンツ産業振興の立場から賛同する意見も

さらに放送行政、特に電波割り当て、局の新設に口をはさんだのは旧郵政省というよりも自民党政権、郵政族など政治勢力であったことを忘れてはいけない。無論、良い悪いは別にして、「原口構想」自体が政治介入である。「日本型FCC」が、行政権力以上に有害であり、危険な政治権力から独立し得る構図が見えてこない。

もう一人、原口構想にエールを送っている人がいる。経済産業省出身、竹中平蔵氏の秘書官という経歴から意外に思われるかもしれないが、慶応大学教授の岸博幸氏である。

岸氏は、官僚出身らしく、原口総務相、内藤正光総務副大臣らの発言から「日本版FCC」について二つの方向性を予測する。

第一は、「旧郵政省の通信・放送行政を振興行政と規制行政に分離して、後者を独立の委員会が担当するイメージ」であり、第二は、「総務省から旧郵政省を分離する意図」である(日経ネット9月28日付)。

そして、いずれの再編も「通信・放送行政が地方行政などと一緒になっている総務省の体制自体に無理があることを考えると、方向性としては正しいと評価できる」としている。 岸氏は、また再編成にあたり、「どんな形にせよFCCを設立するだけでは不十分」だという。次期成長産業と期待されるメディア・情報産業を振興するため、「コンテンツやインターネットに関連する文化庁、経産省、総務省の統合」を検討するべきだ、と主張する。この結果、「政府側のこうしたダイナミックな対応が、新たな産業の成長を促す」としている。

一つの見識とも思うが、一方で経産省と総務省との縄張り争いという一面が浮かび上がってくる。

経産省が進めるグロ-バルコンテンツ構想は、現在14兆円程度のコンテンツ産業の規模を、20兆円まで拡大しようという構想だ。ただ何をするにも通信、放送産業を所管する総務省と、著作権を扱う文化庁との折衝、合議が必要で、知財コンテンツ部門の担当者の間には、「隔靴掻痒(かっかそうよう)」(もどかしい、思うようにいかない)感が強まっている。

民主党政権の通信放送行政見直しの機運に乗って経産省が主導権を握る省庁再編を進めたいという底意も伺われなくもない。

中村伊知哉氏は「原口構想」に挑戦

これに対し敢然と、「原口構想」に挑戦したのが、総務省OBで、「融合研究所」(You Go Lab)を率いる慶応大学教授の中村伊知哉氏だ。

中村氏は、「1998年の橋本行革の際、行政改革会議が提案した『放送委員会』案に対抗した郵政省の課長補佐だった」という。そして「戦略分野たる情報通信行政を政府から放り投げると首相がいうバカな国にはいられないと思い海外に出た」(日経ネット2009年9月29日)のだそうだ。

同氏は、「日本版FCCは愚策だ」と言い切る。具体的には、(1)規制強化と密室化につながる、(2)官僚主導と縦割りバラバラ行政を招く、(3)米欧の独立委員会方式は成功したのか、(4)業界の理解が得られない――などを挙げる。これらの議論を、次回詳しく見てみよう。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」)」「血の政治 青嵐会という物語(同)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。