前回、ルパート・マードック氏のニュースコンテンツ課金戦略をお伝えした。これについてマードック氏は8月6日、ニューヨークで行ったニューズ・コーポレーションの4-6月期決算発表の記者会見で、より具体的に考えを述べている。

課金導入への強い決意を改めて表明したマードック氏

ニューズ・コーポレーションの第4四半期決算は、33億800万ドル(約3,200億円)の赤字。2008年の第4四半期は53億8,700万ドルの黒字だった。

急激な景気後退で、新聞部門だけでなく、稼ぎ頭だったFOXテレビが66%の減益、DVD部門も7.7%減益という低調ぶりが大幅赤字の原因となった。

しかしマードック氏は、「最悪の時期は脱したようだ」と相変わらず強気だ。そしてオンラインへの課金については、「質の高いジャーナリズムは安いものではない。ニュースコンテンツをWebにただで与えるのは、質の高い報道力をカニバリズム(人肉食い)で滅ぼすのと同じだ」と課金導入への強い決意を改めて表明した。

前回も指摘した通り、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の有料購読者が100万人近くに達していることが、「他の無料Webニュースとは異なる特化したニュースに人は金を払う」という自信を支えている。

「時間がたつほど新聞社側に不利になる」現状

しかし、ニューズ・コーポレーション傘下の新聞、テレビのニュースコンテンツ全てを1年以内に課金制にする、というが、実施までに解決しなくてはならない問題がいくつも残っている。

第一は、マードック氏が"泥棒"と呼び捨てにするGoogleやYahooなど、ニュース・アグリゲイターとの料金交渉をどう進めるか、である。

Google検索担当副社長のマリッサ・メイヤー氏が米上院公聴会で証言(当コラム第30回参照)したように、アグリゲイター側は、「我々はニュースの見出しをリストアップしているだけ。そこからリンクされた個々のニュースサイトに莫大なアクセスを運んで広告増収に貢献している。それが嫌だというならいつでもオフラインしてもらって結構」という立場だ。

Googleと料金交渉中のAP通信にしても、今からGoogleに対抗してプラットフォームを作るのは、あまりに費用がかかりすぎる。どこかで妥協せざるを得ないのではないか。

ニールセン・オンライン(Nielsen Online)のデータを見ると、米国の主要新聞サイトへのアクセスと滞留時間は減少傾向にある。

米主要新聞社サイトの一人当たりの平均滞留時間(2009年6月、出典 : Nielsen Online)

米国の主要Webサイトと比べると、全ての新聞社サイトが束になっても、ユニークユーザー数や滞留時間で太刀打ちできていない。

つまり、時間がたつほど、新聞社サイトとプラットフォーマーとの力関係は新聞社側に不利になっているのだ。

大手Webサイトと新聞社サイトのユニークユーザー数/一人当たり月間滞留時間(出典 : Nielsen Online)

米国のアクティブ・インターネット・ユーザー数(Active Digital Media Universe)は、Nielsen調査によると、1億9,597万人となっている。「一人当たりの月間閲覧ページ数を2,569ページと見ているため、米国ユーザーの総閲覧ページ数は月間5,030億ページとなる。冒頭の表で、6月の新聞社サイトのページビュー総数が35億と見積もっている。ということは、米国の総閲覧ページ数の1%以下、正確に言うと0.69%になると、Nieman Journalism Labは推測しているのだ」(『メディア・パブ(media pub)』8月7日)。

前途多難と言わざるを得ない「ニュースコンテンツ課金」

ニュースコンテンツ料金課金の「BtoCモデル」作りは一層難しい。法人契約にせよ、個人にせよ、WSJが得た有料購読者100万人という数は、「金を払って情報を買う層の限界数値ではないか」と見る人も多い。

しかも、マードック氏の頭にあるのは「新聞紙以後」だ。紙の新聞に慣れた読者を自宅のテレビ、PCもしくはAmazon.comの「Kindle」のような携帯リーダーで見てもらい、必要なぺ―ジはプリント・アウトするというスタイルに変わってもらおうというのだ。

マードック氏は6日の会見で、「自らリーダー端末を開発する気はない」と語っているから選択肢はいくつもない。

Kindleの場合、Amazon.comはコンテンツ閲読料金の70%近くを取っているという。これはマードック氏にすれば、「話にならぬレベニュー・シェアー」だし、Kindleが顧客情報をコンテンツ購入先に公開していないのも気に入らない。前途は、なかなか大変と言わざるを得ない。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。