ニューヨーク・タイムズの『新聞社に悪いニュース』

3月12日付の「ニューヨーク・タイムズ」ビジネス欄の、『新聞社に悪いニュース』という記事と図表には、いささか驚かされた。

図表1:2005年第3四半期~2008年第3四半期の米国新聞社の発行部数推移

薄くて少し見づらいが、焦げ茶色のマークが過去3年間で発行部数を20%以上減らした新聞社。薄茶色のマークが10~20%減らした新聞社の全米分布図だ。社名が挙げられているのは破産法を申請したか、シンジケートが売却方針を明らかにしたところ。今後数年で、地図は、全て焦げ茶色で塗りつぶされてしまうのだろうか。

感心したのは、自分たちに都合が悪いニュースでも、業界の現状をありのまま伝える報道姿勢と、ニューヨーク・タイムズ自身のデータ(焦げ茶色)も正直に掲載している点だ(図表1参照)。この辺りは、日本の新聞社もぜひ学んでほしいところだ。

図表2は、全米5大上場新聞社の2006年~2008年の広告売上の推移。1社を除き漸減、もしくは激減傾向がはっきりしている。唯一増加しているマックラチー・グループは、ナイトリッダー・グループを買収したことによる結果で、営業成績を表したものとはいえない。

図表2:全米5大上場新聞社の2006年~2008年の広告売上の推移

「State of the News Media 2008」によると、全米新聞社の2008年の平均広告収入は、前年比23%ダウンであった。

「新聞救済論」に否定的な米国言論界

こうした深刻な構造不況に対して、さまざまな救済策が模索され始めた。当コラム第23回で紹介したエール大学投資責任者らの「新聞社=NPO化論」に影響されたせいか、メリーランド州選出の上院議員、ベンジャミン・カーディン氏らが3月中旬から、「Newspapers Rescue Act(新聞社救済法)」上程の動きを見せている。

詳細は明らかになっていないが、非営利団体になることを条件に法人税減免などさまざまな恩典を与える――という趣旨のようだ。カーディン上院議員の広報担当秘書は、「この法案への共同提案者はいまだいないが、メディア界では大きな関心を呼んでいる」と語っている。

確かに、産業の血液である金融業を救い、最大の雇用先である自動車産業を救済するなら、米国民主主義の根幹である新聞社を救えという声が出ても不思議はないのかもしれない。

しかし米国言論界の反応は冷たい、というより、「メディアの進化を妨げる悪法」という拒否反応が大勢だ。

「Newspaper Industry」と「Newspaper」との違い

ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院のジェフ・ジャービス氏は、以下のような強い反対論を打ち出している。

新聞社の認定基準や営利業かそうでないかの判断基準を、政府に預けていいのだろうか。米国の新聞社が伝統的に行ってきた公職選挙候補者への支持、不支持の態度表明にも制約が加わる可能性が高い。あるいは検索連動型広告の売り上げでブログを運営している市民ジャーナリストの立場はどうなるのかも不明だ

ジャービス氏によると、新聞救済論の最も危険な側面は、「否応なく訪れる現実に新聞社が立ち向かい、自己変革する努力を遅延させることだ」という。

問題は、カーディン上院議員らが、「Newspaper Industry」と「Newspaper」との区別がついていないことなのだ。経営危機に瀕しているサンフランシスコ・クロニクルズの編集幹部が自らのブログで後悔しているように新聞人は、「Newspapers」という産業名と、商品が一体化した時代に慣れ過ぎしまった。

「Newspaper Industry」のハードコアは「News」

言われてみれば当たり前なのだが、「Newspaper Industry」のハードコアは「News」なのであり、「paper」ではない。だからニュース・コンテンツが紙に印刷されるのか、テレビで流れるのか、インターネット配信されるのかは伝送手段の問題で、「Newspaper Industry」の本質ではない。

ニューヨーク・タイムズのアーサー・ザルツバーガー社主は、数年前の株主総会報告で、「われわれ(ニューヨーク・タイムズ)は(輪転印刷機を発明した)グーテンベルグと心中するつもりはない」と述べ、紙に印刷した新聞にいつまでも頼ることはないと胸を張った。

しかし、おひざ元のニューヨーク・タイムズ自身、ITメディア収入では営業経費をとても賄えていない。「Paperless時代」への取り組みが10年遅れてしまったのだ。

ジャービス氏のブログ(buzzmachine.com)によると、彼の教えるジャーナリズム大学院では、すでに新聞、放送、インタラクティブ――といったジャンル別教育をやめているという。

全受講生は最初の3学期、インタラクティブについて徹底的にたたき込まれる。次にニュース取材の基礎を習得した上で、それを中継・ビデオ・ブログ・携帯放送でどのように伝送、表現するかについて実習してゆくというのだ。

こういう生徒の中から、「Paperless」の「Newspaper Industry」で働く記者が生まれてくるのだろう。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。