米国選挙管理委員会の今年7月20現在の集計によると、米大統領選における米民主党のバラク・オバマ候補の集めた選挙資金は、およそ3億5,000万ドル(約370億円、1ドル=106円で計算)。これに本選挙での費用を加えると、総経費は700億円を超えるだろう。ちなみに4年前、現大統領のジョージ・ブッシュ陣営が使った費用も、約700億円と言われている。

大統領選の全広告費に占めるネット広告費はわずか2%

これに、予備選段階でヒラリー・クリントン氏ら他の候補が使った費用、米共和党のジョン・マケイン候補、そして民主、共和両党の全国委員会が今後独自に使う選挙キャンペーン費用を加えると、「2年間での総費用は30億ドル(約3,180億円)に達するのではないか」(アメリカン大学のアラン・リクトマン教授)と推測されている。

このおよそ70%がキャンペーン広告に投じられ、そのうち80%以上が全国ネット、州別のローカル局、さらに細分化された有線放送などの各種テレビ広告に使われる。

これに比べるとインターネットのWebサイトに投じられる広告費は5,000万ドル(約47億円)以下で、大統領選の全広告費の2%前後にすぎない。

前回も触れたように、この費用配分は、今日の大統領選挙におけるインターネットの圧倒的な影響力から考えると、非合理的に思われる。なぜなら周知のように、商品広告の世界ではインターネット広告費が急成長しているからだ。

英国ではオンライン広告がテレビ広告に追いつく

今月13日、ロイターは、「英国でオンライン広告費がメーンのテレビ広告費に追いついた」と報じた。

英国情報通信庁(Ofcom)の2007年の集計結果を伝えたもので、オンライン広告費は前年比40%増の総額28億ポンド(約53億ドル=約5,670億円)に達した。一方、テレビ広告費は35億ポンド(約66億ドル=約7,022億円)で、伸び率は限りなくゼロに近かった。2007年のテレビの平均視聴時間は、2002年の週216分間に比べて2分間ほど増えたが、これはBBCが「iPlayer catch-up service」を始めたことによる効果が大きい。

「iPlayer catch-up service」は、インターネットにアクセスするだけで、ニュース、ドラマ、ドキュメンタリー、コンサートなど、BBCのほとんどのコンテンツを視聴できるサービス。言ってみれば、NHKの膨大なアーカイブに自由にアクセスできるのと同じサービスだ。

こうしたテレビとインターネットの連動型媒体への広告費が伸びたことにより、テレビ広告費総額に占める地上波テレビの広告費のシェアは、2002年の83%から2007年には67%に低下した。このような傾向をとらえてロイターは、「オンライン広告費は、メーンの地上波テレビ広告費にすでに追いつき、追い越そうとしている」と報じたわけだ。

米トヨタがテレビ広告を"パス"、ネット中心にキャンペーン

無論、放送料を徴収しているBBCが圧倒的に強い英国と米国を単純に比較はできない。しかし、ネット調査会社eMarketer.comの8月19日付の付表は、ネット広告の"今"をよく伝えている。

景気後退が続く米国自動車市場でも、ネット広告だけは伸びている(出典:eMarketer.com)

これによると、景気後退が続く米国自動車市場でも、ネット広告だけは大幅な伸びを示していることが分かる。2008年度第一4半期でも、テレビが前年同期比7.4%減、新聞が同12.8%減、ラジオ及び野外広告が同9.1%減という中で、3.8%とはいえ前年同期比で増加したのはネットのみだ。

実は、大手広告代理店がかん口令をひいているのだが、昨秋、米国広告界で画期的な事件が起きた。トヨタが新型カローラのモデルチェンジに当たり、テレビ広告を"パス"し、ネット広告を中心にキャンペーンを行ったのだ。結果は、若者や若い世代の主婦といったユーザー層のターゲティングに成功。低燃費車ブームにも乗って、好調な売り上げを記録したのだ。

eMarketer.comは、自動車業界のネット広告費の伸びを以下のように推定している。

eMarketer.comによる自動車業界のネット広告費の伸び推計(出典:eMarketer.com)

インターネットは"説得型"メディアではない?

こうした流れにもかかわらず、選挙キャンペーンにおけるネット広告のシェアは、なぜ上がらないのか?

一つの理由は、コロンビアビジネススクールのエリ・ノーム教授が言うように、「インターネットという媒体は、"主張型"メディアで、必ずしも"説得型"メディアではない」からである。

これに関し、エデルマンPRの副社長、ケイティー・レヴィンソン氏が7月末に東京アメリカンセンターで行った「アメリカ大統領選挙とニューメディア」と題した講演が面白かった。彼女は一時、米民主党の大統領候補として本命視されたルドルフ・ジュリアー二前ニューヨーク市長の選対広報委員長を務めた人物である。

レヴィンソン氏によると、有権者の投票行動を決める最も有力な要素は、「家族や親しい近隣友人との会話」である。つまり「口コミ」であり、その材料はネットワークニュース(アンカーマンへの信頼)であり、次に、全国向けでなくローカルな、例えばフロリダ州の一部だけをターゲットにしたテレビ広告、あるいは特定の人種や階層向けに対象を絞ったテレビ広告なのだ。

これに続くトラストバロメーターは、「教会での仲間との会話、近所の噂、新聞記事の順」(レヴィンソン氏)となっている。同氏によると、インターネット広告は、「投票意思決定への影響力ではこれらの下に来る」という。

この点は、まだ研究課題だ。では、"発信型"媒体としてのインターネットの影響力はどこまで拡大してきているのか? 次回検討してみる。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。