前回に続きルパート・マードック氏の、「ニューズ(News Corporation)帝国」について分析を進めよう。ご存知の方も多いだろうが、まずその略歴を紹介する。

オーストラリア初の全国紙を創設後、世界中で買収攻勢

ルパート・マードック氏は1931年、オーストラリアのメルボルンで生まれた。父親はアデレードで地方紙「News」社の経営者。英国のオックスフォード大学留学中、新聞社でアルバイトをして英新聞界のノウハウを取得。1952年、父親の死去によって地方紙の経営を任されて以来、攻撃的な紙面づくりと経営手法で各地の地方紙を買収、オーストラリア初の全国紙を創設した。

1969年に英国の大衆紙、「Sun」を買収したのが世界戦略のスタート。以後の動きを表で示すと以下のようになる。

ルパート・マードック氏(News Corporation)の動き
1976 米タブロイド紙「New York Post」買収
1981 英高級紙「Times」、「Sunday Times」買収
1984 米20th CENTURY FOX買収
1985 米Metromedia International Group買収(全米4番目の全国TVネット立ち上げのため)
1986 地上波「FOX TV」放送開始
1993 香港STAR Group買収
1996 テレビ朝日に資本参加(1997年売却)
2003 衛星放送「DirecTV」の親会社、Howard Hughes Corporationの株式34%をGE社より60億ドルで取得
2005 SNS「MySpace」を5.8億ドルで買収
2007 「DirecTV」をリバティ・メディアに売却
「Wall Street Journal」を発行する米Dow Jonesを約50億ドルで買収
2008 ニューヨークのタブロイド紙「Newsday」買収提案

世界最大のメディア・コングロマリットを目指すマードック氏に義理や人情は通じない。世界進出の最初の手がかりとなった「Sun」買収では、買収資金が乏しかったにもかかわらず、オーナー一族の地位保全を約束して激しい競争を勝ち抜いた。しかし買収後は一転、同一族を事実上追放した(日本経済新聞2007年7月18日)。

主張、政党の別を問わず、最高権力者に接近

また、米国のテレビ局オーナーになるために米国市民資格が必要となれば、直ちに市民権を申請。一方、税の優遇措置を継続させるため、居住権はオーストラリアに置いたままという。必要なら英保守党の元首相マーガレット・サッチャー氏、英労働党の元首相トニー・ブレア氏にも接近。米共和党の元、現大統領のブッシュ親子を初め、米民主党の元大統領ジミー・カーター氏、同ビル・クリントン氏にも多額の献金をしている。

マードック氏の「世界制覇」にかける情熱はどこから生まれてくるのだろうか。父親から引き継いだ「News」という社名にこだわる点。また構造不況産業である新聞社を次々買収する手法からは、他のメディア・コングロマリットのオーナーと異なり、「新聞」に対する強い執念を感じる。もっとも、地方紙買収に関しては、「その会社が保有するローカル・ラジオ、テレビの株式と支配権が真の狙い」、との見方も強い。

Wall Street Journal買収はWeb2.0型ビジネスの布石

Wall Street Journal買収についても、「世界一の経済紙のオーナーとなる」、という名誉もさることながら、Webサイトと連動した、「Bloomberg」的というよりはWeb2.0型といえる経済情報流通システム構築を狙っての行動といえる。

結局、無料化の方向となったWall Street JournalのWebサイト運用も、News Corporationが保有するこうした各種のWebサイト、SNSと連動するための戦略とみればうなずける。

80年代から90年代にかけ、激しい買収攻勢で一時資金難に陥ったが、思い切ったグループ企業の整理売却でピンチを乗り切った。

「マードック後」は未知数のニューズ帝国

News Corporationの企業構造は、とてもユニークだ。企業統治は分散型で、地域別に子会社を複数置いている。米国の場合、News Corporation USがそれにあたる。同社は持ち株会社で直接の経営は行わない。社員数は少なく、スタッフのほとんどは弁護士だ。マードック氏の経営判断を素早く実現するための法律アドバイス、政界工作、金融交渉…などが主な仕事だ。

この持ち株会社にFOX、New York Postなど多数の運営会社がぶら下がる。しかし、マードック氏はこれら運営会社も直接統治しており、分散型だから流動的な人事配置がやりやすく、経営スピードも上がるが、全てを把握するのはマードック氏一人、という状態になる。

すでに高齢となったマードック氏。次男の経営者としての成長に期待をかけているというが、こうした「神御一人」スタイルがいつまで機能するかは未知数だ。(News Corporationの企業統治については、毎日新聞社事業本部山口一也氏の調査レポートを参考にしました)。

執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。