ディーゼルが環境対策に効果的と聞くと、なかには信じられないと思う方もいるだろう。日本でディーゼルが嫌われるきっかけになったとよく報道されるのが、石原都知事のペットボトルのパフォーマンスだ。覚えている人も多いだろうが、1999年に自動車工業会との会議の席上でペットボトルに入ったディーゼルの煤(PM=パティキュレート・マーター)を振って訴えた。「この煤を毎日東京都民は吸わされている」と言いながらペットボトルを振った姿は、多くの国民に衝撃を与えた。

ディーゼル推進派のなかには、このパフォーマンスがあったために日本のディーゼルが遅れたと、否定的に見る人もいるが、ボクはそう考えてはいない。それまで国が行ってきたディーゼルの排ガス規制は自動車メーカーや運送業界ばかりを気にしたもので、国民のためのものではなかったからだ。当時技術的に排ガスをクリーン化するのは難しい、というもっともらしい理由をつけていたが、海外ではディーゼルに"コモンレールシステム"が採用されつつあり、技術的な壁はなくなりつつあった。石原都知事のパフォーマンスがなかったら日本のディーゼルの排ガス規制は、それほど進まなかったはずだ。

2005年に京都で開催された世界的な環境イベント、「ビバンダムラリー」にもエコカーとしてBMWなどのクリーンディーゼルが登場し、京都から当時愛知で開催されていた愛地球博会場までデモ走行した

ホンダはスーパークリーンディーゼルの日本導入を明らかにしているが、2000年にはモータージャーナリストを対象にした最新ディーゼル試乗会を開催。このアコードはイギリス仕様の5速MT。トルクが大きいためガソリン仕様よりも走りがいい

実際、東京に住んでいる人や都内の幹線道路で運転したことのある人は、かなりディーゼルの煤が少なくなったことを実感しているはず。かつてはクルマのエアコンを内気循環にしていないと臭かったが、最近は外気導入でも都内の幹線道路を走れるようになった。これはクルマのエアコンシステムに空気濾過用のフィルターが装備された効果もあるが、実際に幹線道路での粉塵量も少なくなっているのだ。当時の都市部の深刻な大気汚染を考えると、規制がゆるい時代のディーゼルを排除したのはやむをえなかったと考える。

世界トップレベルのディーゼル排ガス規制がはじまると、規制に合わないディーゼル車は消えていった。大型トラックやバスなどすでに使われている車はDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)と呼ばれる装置などを付けて排ガスをクリーン化した。乗用車は国内でのディーゼルイメージの悪化で、いくつか存在していた乗用ディーゼルも姿を消してしまった。もっともこれらの多くは最新ディーゼルの排ガスのクリーン度に比べればもの足りないものだったので消えたのは仕方ない。

コモンレールシステムの大手サプライヤーであるボッシュは、以前からクリーンディーゼルの普及を推進している。2004年には栃木県のサーキット・ツインリンクもてぎで「ボッシュ・ディーゼル・デイ」を開催。ヨーロッパで市販されているクルマを日本に持ち込んでジャーナリストに試乗させた

では最近のディーゼルが環境に優しく、温暖化防止にもつながるというのはなぜか。それは"コモンレール技術"と"排ガスの後処理技術の向上"があるからだ。コモンレールは超高圧燃料をエンジンの燃焼室内に数回に分けて直接噴射するシステム。ターボと組み合わせることで燃焼状態を改善しながらパワーを獲得することにも成功した。さらに排ガスを前述のDPFや専用の触媒などでクリーン化できたことで、排ガスはガソリンエンジン並みにクリーンになった。

環境に優しいと言うのはそうした意味もあるが、ディーゼルはもともと効率がいいエンジンだからだ。ガソリンに比べると圧倒的に熱効率がよく、少ない燃料で長い距離を走れる。燃費がいいわけだ。燃費がいいということは二酸化炭素の排出が少ないから、地球温暖化の一因と言われるこうした温室効果ガスの排出を抑制できるということ。最新のクリーンディーゼルならば温暖化防止という環境面では大いに効果がある。それにバイオ燃料などと騒がれているアルコール燃料だが、ディーゼルならば菜種などから採れる油をそのままバイオ燃料として使うことができる。醸造などの複雑な製造工程を踏まなくてもいいし、多くの種類の燃料を使えるというのもディーゼルのメリットなのだ。

ヨーロッパで人気、日本では乗用ディーゼルに乗れないのか?

こうしたコモンレールターボを使ったディーゼルエンジンが人気なのはヨーロッパだ。現在は新車販売の約50%がディーゼル。国によっては75%がディーゼルというほど圧倒的な人気。ヨーロッパでディーゼルが人気という理由でよく挙げられるのが、環境意識が高いからというもの。確かに環境を意識して選んでいる人が多いが、それと同時にランニングコストが安いからだ。75%がディーゼルという国は燃料である軽油が安いことが一因であるが、ガソリンと軽油の価格差がない国でも燃費がいいから選んでいるわけだ。

さらに普及を進めたのは乗用ディーゼルの運動性能が極めて高いからだ。ヨーロッパはクルマでの長距離移動が一般的だから性能が低いクルマでは人気が出ない。コンパクトカーであっても140km/hほどで巡航できる性能を求められるからだ。日本では旧式ディーゼルの走りが重いイメージが残っているが、最新のクリーンディーゼルの走りはガソリン車以上に楽しい。例えば以前試乗したBMW535iディーゼルは275/30R19サイズという、太いリヤタイヤをホイールスピンさせながら加速できるほどパワフルなのだ。ガソリンエンジンのスポーティモデルと同じ加速感。もちろんDTC(ダイナミック・トラクション・コントロール)をオフにした加速だが、アクセルを踏み込めばあっという間に法定最高速度を極めてしまう、こうした動力性能を持っているから人気があって当然なのだ。試乗後、リヤのバンパーから出る排気管の内側を見たが、金属の地肌が見えたままで煤の付着がないほどクリーン。

ホンダの新世代ディーゼルエンジンのポイントは新開発のNOx(窒素酸化物)触媒。エンジンの燃焼状態を変えること尿素であるアンモニアを触媒内生成。NOxを無害な窒素に変換することですることで、ガソリン車と同等のNOx排出量を達成した。アメリカの排出ガス規制「TierII Bin5」排出レベルを達成

これほどいいクリーンディーゼルだが、まだ日本でほとんど乗ることができない。現在市販されている乗用のクリーンディーゼルはメルセデス・ベンツのE320CDI。価格はセダンで848万円と高額だから誰でも購入できるというものではない。だが、今後は日本の自動車メーカーからもクリーンディーゼルが発売される。ホンダがスーパークリーンディーゼルを早ければ08年に投入する。これは06年9月に技術発表した新開発のNOx触媒を使ったディーゼル。なんとガソリンエンジンと同等の排出ガスのクリーンさで、アメリカの排出ガス規制「TierII Bin5」をクリアする性能を持っているという。このシステムのすごいところは触媒内部で生成させたアンモニアでNOxを還元する点。メルセデス・ベンツなどのドイツ連合が推進する「ブルーテック」と呼ぶ尿素水を噴射して還元する方法と理論は同じだが、ホンダは触媒で尿素を作るというのが画期的だ。

ホンダが北米市場から順次導入するスーパークリーンディーゼル。日本でも発売されることが予定されているから、今後は乗用ディーゼルがエコカーとして脚光を浴びることになるかもしれない

トヨタもクリーンディーゼルをすでに開発し、ヨーロッパ市場に投入して好調な販売を記録している。トヨタは日本国内ではガソリンエンジンベースのハイブリッドカーの展開を急いでいるが、今後はこうしたディーゼルをベースにしたハイブリッドカーが登場する可能性もある。実際ヨーロッパメーカーではディーゼルハイブリッドを商品化する予定だ

こうした新技術が注目を浴びるのは、アメリカはもちろん、すでに各地域で次期排ガス規制が迫っているからだ。さらに厳しい排ガス規制ユーロ5は09年以前に導入される予定であり、日本の"ポスト新長期規制"と呼ばれる次期排ガス規制も09年、早ければ08年にも導入される。他メーカーでも新発表が相次いでいる。スバルは水平対向ターボディーゼルエンジンを発表し、ヨーロッパ市場に投入することを決めた。コモンレールやインジェクターなどのユニットはデンソー製。すでにデンソーはトヨタのアベンシスなどに1800気圧の高圧ユニットを供給しているので、これと同等の最新システムを採用したものだ。

07年2月のジュネーブショーで初公開されたスバルの水平対向4気筒ディーゼルターボエンジン。08年にヨーロッパに投入されることが決まっている。コモンレールシステムはトヨタ系サプライヤーのデンソー製。国内への投入が期待できる

日産も今年4月には2010年までにクリーンディーゼルエンジンを、北米向けマキシマに搭載すると発表した。このエンジンはルノーとの共同開発によるもので、アメリカの排出ガス規制TierII Bin5をクリアするのはホンダと同様だ。また2010年度までに日本やヨーロッパ、中国にディーゼルを投入することを明らかにしている。日本では乗用車シェア45%前後をコンスタントに記録しているトヨタの動向が気になるが、トヨタもいつでも日本市場に投入できる用意はしている。ヨーロッパ市場ではディーゼルが不可欠で、それに対応したエンジンもすでに投入しているのだ。トヨタは優れた排ガスの後処理技術DPNR(Diesel Particulate-NOx Reduction system)を持っているから日本市場への投入はいつでも可能だが、今のところ正式なアナウンスはない。

コモンレールの弱点

こうしたクリーンディーゼルは温暖化防止の効果があるが、超高圧で燃料を噴射するコモンレールにも弱点がある。それはナノPMだ。高圧で微粒子化した燃料はよく燃えるようになるが、コモンレール以前とは比べものにならないほどの細かいPMが発生するのだ。これがナノPM。DPFと呼ばれるフィルターを通過してしまうほど細かいため、一部は人の肺の奥深くまで入ってしまうことが危惧されている。医学的な証明はされていないが、こうしたナノPMは生殖機能に影響を与える可能性がある。不妊が問題になっているが、ナノPMが精子数の減少や受精卵の着床障害の遠因となれば対処していかなければならない。ナノMPの対策は難しいが、すでに電気集塵など方法が考えられている。クリーンディーゼルは普及させるべきだが、医学的に問題がないことが証明されるまでは特に都市部での使用は最小限にしたい。ナノPMはあまりに小さいためにコンクリートやアスファルトに落ちたものが舞い上がりやすく、空中を浮遊しやすくなるからだ。

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員