第15回「喫茶去」で紹介した、中国・唐の禅僧、趙州和尚の問答にこんなものがあります。

ある日、長い修行を積んだ厳陽という僧が、「自分は一切を投げ捨てることができました。雑念や煩悩も一つもありません。これからどう修行したらよいでしょうか?」と趙州に問いかけました。

これを聞いた趙州は、雑念のない境地に達したことを賞賛するかと思いきや、「放下著(ほうげじゃく:捨ててしまいなさい)」と一喝します。

「何も持っていないのに、これ以上何を捨てるというのですか?」と厳陽が尋ねると、趙州は「ならばせいぜい、その『何も持っていない』を担いでいくことだ」と言い放ったそうです。それを聞いた厳陽は、真の悟りを開いたと言います。

厳陽には「全てを捨てた」ということそのものへのとらわれや執着がまだ残っていて、趙州はそれを見抜いていました。何かを成し遂げたり、知識や技術を得たり…そのことを意識したり匂わせたりしているうちは、まだまだということなのかもしれません。

「やりきった」と思った時ほど、その思いや達成感に頭の中が満たされて、注意がおろそかになってしまいがちなものです。後で冷静になってみて、「ああすればよかった、こうすればよかった」と悔いが残る…そんな出来事が多いと感じたらこのエピソードを思い出し、慎重さを取り戻してみてください。

何かと「手放す」ことが多い「別れの季節」。悔いを残すことなく、新しい環境へと羽ばたけますよう。

■今回登場したのは、禅のぼさつが宿った「こねり」

■著者紹介

Jecy
イラストレーター。LINE Creators Marketにてオリジナルキャラクター「こむぎこをこねたもの」のLINEスタンプを発売し、人気を博す。「こむぎこをこねたもの その2」「こむぎこをこねたもの その3」もリリース。そのほか、メルヘン・ファンタジーから科学・哲学まで様々な題材を描き、個人サイトにて発表中。

「週刊こむぎ」は毎週水曜更新予定です。