【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

僕と同い年の友人(36歳)に、いつまでたっても結婚しようとしない男がいる。彼には付き合って10年近くにもなる彼女がおり、その彼女に対して何か不満があるわけでもなければ、他に別の女がいるわけでもない。それなのに、入籍しようとしないわけだ。

その理由について、彼は「結婚という形式に捉われたくないから」だと言う。結婚なんてものは紙切れ一枚で成す諾成契約の証明でしかないのだから、そこにこだわることは重要ではないらしい。そんなものがなくとも、彼と彼女は深く愛し合っており、互いに一生を共にすると誓い合ったうえで共同生活(つまり同棲)をしている。要するに二人は事実婚の状態であり、この先もそれを継続していくことを二人とも奨励しているのだ。

確かに夫婦が社会生活を送っていくうえで、この婚姻届という紙切れ一枚が重要な効果を発揮するシーンなど、そうそうない。「我々は結婚しています」と周囲に宣言すれば、周囲は自分たちを夫婦だと認識し、夫婦だけに許された様々な特権を得ることができる。

ちなみに、この夫婦だけの特権とは、たとえば互いの社会に堂々と侵入できることだ。

先日の我が家もそうだった。現在、僕が出演中のラジオ番組『亀山つとむのかめ友SportsManDay』(MBSラジオ)の生放送のとき、僕はひょんなきっかけで妻のチーを同伴して放送局に入った。僕らの結婚式のとき、同番組の共演者である元阪神タイガースの亀山つとむさんにお祝いメッセージをいただいた他、番組関係者の方々に多大な協力をしていただいたので、チーがぜひ御礼を言いたいということで特別に連れて行ったのだ。

局に入るとき、アテンドをしていただいたADの女性にチーを紹介したところ、彼女は快く二人分の入局許可をとってくれた。さらにスタジオ脇で対面した共演者やスタッフの皆様も、同じくチーのことを心から歓迎してくれた。最初は自分の職場に妻を伴うことに少し不安を覚えていた僕であったが、皆様の自然な対応に胸を撫で下ろしたのである。

これぞまさに結婚パワーだ。職場に伴うのが妻ではなく彼女だったら、まず間違いなく許可をとれていないどころか、いわゆるバカップルとして周囲の白い視線に晒されていたはずだ。しかし、これが紙切れ一枚の婚姻契約を経たおかげで、僕は自分の彼女ではなく家族を伴っているという構図になり、周囲も僕とチーを「山田家」という名の一括りで扱ってくれるようになる。欧米なんかは特にそうだ。あらゆる場面において、家族の同伴が当然の習慣になっているため、誰も妻を伴うことに疑問を感じないのだ。

話を婚姻届に戻すと、この紙切れ一枚とは他者に自分たちの婚姻関係を証明するためのものではなく、きっと人間が人間であるがための不安定な心を保全する御守りみたいなものなのだろう。いくら男と女が深く愛し合い、互いに一生を共にすると強く誓い合ったとしても、その関係になんらかのお墨付きがない限り、人間は漠然とした不安を感じるものだ。愛情とは実体のないものだからこそ、それを大切にすればするほど、それを信仰すればするほど、そこに実体を求めたくなってしまう。これはもう人情である。

そう考えると、夫婦関係を証明する紙切れ一枚とは、ただの契約書ではないのだ。実体のないものを永久に信じ続けられるほど人間は強くない。だからこそ、男と女は紙切れという実体を作り、そこに互いの愛情を込めることで、偶像崇拝による精神安定の効果を生む。「たかが紙切れ」と馬鹿にすることなかれ。この紙切れがあるからこそ、夫婦はあらゆる苦難に直面しても、それにすがったり、拠り所にしたり、つまり紙切れを御守りにして危機を乗り越えていく。結婚を法律に委ねることは、男女それぞれが不安と闘いながら生きていくことを誓った覚悟の証なのだ。

僕の知人に、若くして最愛の夫を病気で亡くした初老の未亡人女性がいる。現在、彼女は都内のマンションで独り暮らしをしているのだが、彼女に「一番大切にしている宝物は何か? 」という質問をしたところ、こんな答えが返ってきた。

「死んだ夫と結婚したとき、役所に提出した婚姻届のコピー」

これには思わずハッとさせられた。死んだ夫の写真でもなければ、二人の思い出が詰まった品物でもない。それよりも、自分は生前の彼と永遠の愛を誓い合ったのだという揺るぎない証拠のほうが人生の宝であり、いまだに寂しさを感じたときはそのコピーを眺めることで心を癒すという。彼女にとって婚姻届を大切にするということは、きっと寂しさや不安への懸命な抗いなのだろう。紙切れがあることで、彼女は気丈に生きられるのだ。

しかし冒頭の彼と彼女、つまり事実婚状態の男女にはそういった御守りがない。彼らは互いの愛情が深いからこそ紙切れは必要ないとうそぶくが、僕の見解では互いの愛情が深ければ深いほど、そこに紙切れという実体を求めたくなるのが人間だと思う。

果たして、事実婚の男女は共に生きていく中で必ず直面するであろう、様々な苦難に立ち向かっていけるのか。愛ゆえの不安や寂しさと懸命に闘うことができるのか。もしも人間がそんなに強い生き物なら、この世に宗教など存在しないはずだ。たかが紙切れ、されど紙切れ。僕はこの世でこんなに重要な紙切れはないと信じている。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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