【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

間の悪い人がいる。本人は至って自然に行動しているだけなのに、その行動のタイミングがいちいち悪く、周りの人をイライラさせてしまう。

僕の姉も子供のころはそういうタイプだった(今もそうかもしれない)。たとえば家族全員で出かけるとき、みんなが身支度を済ませて玄関を出たあと、しかも鍵をきっちりかけたあと、よりによってこのタイミングで姉一人が「あ、忘れ物した」と呟き、周囲を憤慨させることが非常に多かった。また、姉はどういうわけか夕食が御馳走のときほど謎の腹痛に見舞われることが多く、つくづく神の悪戯の被害者のようなところがあった。

妻のチーにも、それと似たような間の悪さがある。毎度おなじみの典型パターンは「いただきます」直前のトイレだ。チーは我が家の食卓で御飯を食べるとき、テーブルにすべての料理や飲み物が並べられ、僕も席に座って準備万端となり、さあいよいよ二人で「いただきます」をしようかという、まさにそのタイミングで「ちょっとトイレ」と言いだすことが呆れるほど多いのだ。これ、一緒にいる人はけっこう愕然となりますよ。

もっとも、付き合いたてのころの僕はそれでも我慢していた。チーの間の悪さにも必死で笑顔を繕い、「わかった。待ってるから、早くトイレに行ってきな」と優しく声をかけたものだ。しかし、その後あんまり同じことが繰り返されるものだから、どこかで堪忍袋の緒が切れてしまい、「このタイミングでかよ! 」などと声を張り上げようになった。

なにしろ腹ペコの状態で美味しそうな料理の数々を目の前にして、「さあ、いよいよ食べるぞー! 」となった段階での「ちょっとトイレ」なのだ。しかもそれが10回の食事中、8回ぐらいの頻度で起こるのだ。誰だってうんざりするだろう。

もちろん、チーもそんな自分の間の悪さを自覚しており、なるべく事前にトイレを済ませるなどして改善しようとはしている。しかし生理現象とは不思議なもので、それでもなぜか間の悪いタイミングで"もよおして"しまう。かくして最近の僕はすっかり諦めており、チーのトイレを待つことなく先に食べ始めるようになった。すなわち、我が家では夫婦二人で「いただきます」をする回数が少なくなったのだ。チーは内心不満だと思う。

また、二人で外出するときもそうだ。チーは冒頭の姉と同じような間の悪さ、つまり忘れ物騒動をたびたび起こしてくれる。さらにそれだけでなく、なぜかチーの場合は家を出る直前になって、ケータイや鍵などの行方がわからなくなることが多い。かくして我が家の外出前は、かなりの高頻度で部屋中大捜索になるわけだ。

他にも何人かで空港に行ったとき、一人だけ所持品検査に引っかかって、鞄からハサミが出てきたり、駅の改札を何人かで通り抜けるとき、一人だけスイカのチャージができていなくて、精算に時間がかかったり、とにかくチーの間の悪さによって周囲がやきもきしたというケースは数えあげればキリがない。姉以上の逸材だと思う。

先日もそうだ。その日は僕らの共通の友人と久しぶりに会うことになり、三人で街を歩きながら近況の報告をしあっていた。すると、その会話が盛り上がっている最中にチーのケータイが鳴り、チーは僕らの傍を歩きながら電話の相手と話し始めたのだ。

久しぶりに会う友達と話が盛り上がっているというタイミングにもかかわらず、電話に出たということは、よっぽど重要な話なのだろう。そう推察した僕は特にチーを咎めることなく、友人と二人で会話を続けた。しかしその後、5分、10分と経過してもチーの電話は終わらず、友人も「チーちゃん、電話長いね」と気にする素振りを見せ始めた。

僕もさすがに気になって、電話中のチーの声になんとなく耳を傾けた。このタイミングでここまで長話をしているということは、何かトラブルでも起きたのかもしれない。

ところが、実際はただの世間話だった。しかも相手はチーのお姉さんだ。

それなら後回しにしろよ――! そう喉まで出かかった。もしかしたら最初の用件自体は重要だったのかもしれないが、その後の延長に関しては間違いなく「今じゃないとダメな話」ではないだろう。ここは場の空気を考えて、さっさと電話を切るべきだ。

しかも、チーは電話をしながら歩いているものだから、歩くスピードが遅くなり、僕と友人にどんどん引き離されていった。そして、その距離があまりに遠くなるたびに、僕と友人はその場に立ち止り、チーが近づいてくるのを待つという事態も何度も起こってしまう。当然、僕の心の中は友人に対する申し訳なさとチーに対する苛々でいっぱいだった。

さらにさらに、その後である。ようやく長い電話を切ったチーは笑顔で僕らのもとに歩み寄り、開口一番なんのためらいもなく、こう言ったのだ。

「お待たせー。なんの話をしてたの? 」

どの口が言うか――っ!

いやはや、さすがに呆れてしまった。全身が一気に脱力し、無意識に天を仰いだ。友人は思わず吹き出していたが、それはきっと久しぶりに会ったからだろう。こういうタイミングの悪さと空気の読めなさが連日続くと、さすがに笑えなくなるのです。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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