【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

他人に指摘されて初めて、自分の特技や才能に気づくことがある。それまで自分の中では気にも留めていなかったこと、つまり無意識でなにげなくやっていただけのことが、他人から見ると、たちまち稀有な特技や才能として高い評価を受けるというわけだ。

ジミー大西の絵画なんか、その典型だろう。天然ボケのお笑い芸人として活躍していたころの彼が、テレビ番組の企画で絵画を描き、それが専門家に思いもやらぬ高評価を受けたことで、本格的に画家に転身したのは有名な話だ。個性は無自覚の中に宿るのだ。

そういう意味では、僕の特技はジジババ転がしかもしれない。少々乱暴な書き方をしたので表現をソフトにすると、ご老人の扱いがうまいのかもしれない、ということだ。

これも妻のチーに指摘されて初めて気づいたのだが、言われてみれば確かにそうかもしれない。僕は70代以上の高齢の方と仲睦まじく会話をすることに抵抗感がない。理由は簡単で、僕は祖父母と同じ家で育ったため、ご老人に対する潜在的な慣れがあるわけだ。

とはいえ、この程度のことを特技と認定していいものなのか。ご老人の扱いなんて、別に難しいことではなく、誰にでも簡単にできる単純なコミュニケーションのはずだ。

しかし、チーは僕と違う見解だった。彼女は生粋の核家族育ちで、祖父母とは数年に一回会うか会わないかぐらいのペースで生活してきた。だから、ご老人が身近にいて当たり前という感覚はなく、彼らと接するときはある程度の心構えを要するという。

実際、チーが僕の母方の祖父(90歳近い高齢)と接しているのを見ると、その戸惑いがよくわかる。祖父は東京の池袋に在住しているため、同じく都内に住む僕らと会う機会も多いわけだが、いつもチーは祖父とろくに会話せず、終始ニコニコしているだけだ。

「おじいちゃんと何を話していいかわからないの」とはチーの弁だ。無理もない。ただでさえ老人に対する慣れがないうえ、ほんの1年前に親戚になったばかりなのだ。

「おじいちゃんって、あんなにゆっくり動くんだね! 」。これもチーの口から出た衒いのない感想だ。確かに祖父は、歩くスピードがめちゃくちゃ遅い。10mぐらいの距離でも、ゆっくりゆっくり1分ぐらいかけて歩く。

他にも「おじいちゃんに何か話しかけられたとき、それが聞きとれなかった場合はどうしたらいい? 」「外出先でおじいちゃんがトイレに行くとき、私も付き添ったほうがいい? 」「おじいちゃんって、どんな食べ物が好きなの? 」など、チーは僕の祖父と接するようになって以降、様々な疑問を投げかけてくるようになった。老人に縁のない核家族育ちの人間だからこそ、余計に扱いに慎重になってしまうのだろう。

先日もそうだった。チーはひょんなきっかけで、祖父と2人きりで食事をすることになり、とあるウナギ屋に入ったという。おじいちゃんは昔からウナギが大好物なのだ。

席に着くと、祖父は「特上ウナ重を2つ頼んでおいて」とチーに言い残し、いったんトイレに向かった。その後、店員がやって来たので、チーが言われた通りに注文しようとしたのだが、その特上ウナ重の値段を見た瞬間、思わず躊躇してしまった。

なんと、一人前3,500円。値段も高額なら、中身もすごい。メニュー表に載っていた写真を見る限り、ウナギも御飯もかなりのボリュームだったわけだ。

チーは激しく葛藤した。もしかすると、おじいちゃんはこの事実を見落として、気軽に特上ウナ重を頼んでしまったのではないか。ここまで値段が高くて、ボリュームもあることを知ったら、やっぱりランクを落とそうと考え直すかもしれない。だいたい90歳近い老人に、これだけのウナギはカロリー過多だろう。財布はもちろん、体も心配だ。

果たして、チーは迷いに迷った結果、自らの独断で勝手に一人前2,000円のウナ重に変更し、それを店員さんに注文した。もちろん、トイレから戻ってきた祖父はこの事実を知る由もなく、チーも何も告げなかった。黙っていれば、特上も上もわからないだろう。そうやって、さりげなく気遣うことが、ご老人を労ることだと考えたわけだ。

実際、祖父は目の前に登場した上ウナ重に首をかしげることなく、美味しそうに食べ始めたという。チーの目論見は正解だったわけだ。

しかし、たぶん祖父は気づいていたと思う。ウナ重の違いだけでなく、それに対するチーの配慮にもすべて気づいていて、いや気づいていたからこそ、あえて何も言わなかったのだろう。おじいちゃんは、昔からそういう人だ。

だから、僕はチーに言った。

「そういうときは、何も気遣わなくていいんだよ。いくら体が年老いても、ハートはいつまでも男なんだ。たぶん、おじいちゃんは孫の嫁に高価なウナ重を御馳走することに喜びを感じて、気張っていたんだと思うよ。だから、その場合はおじいちゃんの男のプライドを尊重してあげるべきで、変に労わってはいけないんだ」。

人は年を重ねるにつれ子供に返っていくというが、それはあくまで肉体の衰えによる生活スタイルの変化であり、ハートまで子供に返っていくことはないと思う。世のおじいちゃんおばあちゃんはすべて、僕らと変わらない男と女なのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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