【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

前回、妻のチーに妊娠疑惑が浮かび上がったという話を書いた。市販の妊娠検査薬が陽性反応を示し、さらに友人の現役看護婦さんに相談したところ、彼女も「妊娠間違いなし」と太鼓判を押したわけだ(詳しくは前回を読んでください)。

すると、早いもので多くの読者の方々から「おめでとう」という祝福メールをいただいた。ある程度は予想していたが、まさかこれほど多いとは。ありがたい話ですね。

しかし、である。前回、僕はあくまで妊娠"疑惑"と書いているのだ。確かに前述したように検査薬レベルの事実はあったのだが、まだ産婦人科できちんと診てもらったわけではない。要するに、本当に妊娠しているかどうかはまだわからないのだ。

「とりあえず、近々産婦人科に行こう」

僕が声をかけると、チーはなにやら物憂げな表情でうなずいた。この妊娠疑惑が浮かび上がって以降のチーは、ずっとこんな感じだ。なんでも不安でしょうがないという。自分の体が変化することへの未知の不安はもちろん、今の未熟な自分が本当に子供を産んで育てることができるのかという疑念も膨らんでいるらしい。仕事のことだってそうだ。チーは今の勤務先の会社をまだまだ辞める気はないと、常々言っている。もし本当に妊娠したとなったら、その計画も一度リセットする必要が出てくるだろう。

だから、僕にできることはチーを極力勇気づけることだった。

「大丈夫やって。初めての経験で不安かもしれんけど、よくよく考えたら、妊娠ってめちゃくちゃ幸せで、嬉しいことやん。俺らは夫婦なんやで。誰に恥じることでもないし、誰に遠慮することもない。お互いの親はもちろん、周りの人みんなが絶対喜んでくれる。そう考えたら、なんにも心配することないやん。だから、もっと喜ぼうよ」。

実を言うと、内心は僕も不安でしょうがなかった。自分の中ではまだ、人の親になるということへの心構えがまったくできておらず、まさに寝耳の水の出来事だったからだ。しかし、チーが不安そうにしている以上、夫の僕が狼狽するわけにはいかない。こういうとき、夫はつくづく無力だと思う。実際に大変な思いをして産むのは妻なわけだから、夫はそのサポートに徹するしかない。サポート役が不安定では話にならないだろう。

かくして、僕は自分の心に鞭を打ち、チーの前ではなるべく気丈に振る舞った。夫の自分が喜んでいる姿を見せることが、チーへの最大の励ましになるはずだ。

すると、チーも次第に覚悟ができてきたのか、だんだん表情が明るくなってきた。「そうだよね、本当は嬉しいことなんだよね。なんか急なことで、色々戸惑っちゃっただけかもしれない」。そう言って、満面の笑みを浮かべるようにもなった。チーはチーなりに、心の山をひとつ乗り越えたのだろう。これも母親になるための一里塚かもしれない。

かくいう僕も不思議なもので、チーの前で意識的に気丈に振る舞ううちに、徐々にではあるが、本当に不安がなくなってきた。これも言霊のひとつなのか、「嬉しい」「幸せ」という言葉でチーを励ましたつもりが、逆に自分が励まされるという結果を招いたのだ。

そして気づいたときには、チーの妊娠が本当だったらいいのにな、とまで思うようになった。我ながら、予想外の心境の変化だった。かつてはあれほど親になることが不安だったのに、そんな気持ちを忘れてしまうぐらい、頭の中がまだ見ぬ我が子への想いで埋め尽くされ、チーとの話題もいつのまにか未来の子供のことばかりになっていった。

思考もずいぶん前向きになった。最初から立派な親なんて、この世にいない。どの親にも「初めての子育て」に奮闘した時代はあったはずで、きっとそんな時代を経て、少しずつ親として成長していったのだろう。そう考えると、新米の親にとって必要なのは、覚悟というより決意の部分だ。なにがなんでも親になってやるぞ――。そういう決意の炎を心の中に強く燃えたぎらせることが、僕のような未熟者には大切なのだろう。

そんなある日、チーが再び市販の妊娠検査薬を使用した。産婦人科に行く前に、念のためもう一度、自分で確認しておこうということになったのだ。

結果はどういうわけか陰性だった。しかもそれからすぐ、チーに生理がきた。「どういうこと……」。僕らは2人揃って首をかしげた。事態を呑み込むのに、数時間はかかった。

詳しく説明すると、話が長くなるので割愛する。要するに、今回の妊娠疑惑はあくまでただの疑惑だったということだ。妊娠していなかったのです、実は。皆様、お騒がせして大変申し訳ございません。現在、チーの体調はすこぶる良好です。

そうとわかった当初、僕は拍子抜けを食らったように脱力した。なんだよ、妊娠していなかったのかよ――。そんなボヤキにも似た言葉を、口の中で呟く。チーも僕と同じようなリアクションだった。ぬか喜びとは、まさにこのときの2人のためにあった。

しかし、僕は今回の妊娠疑惑に感謝している。今回のことで、僕は自分の中に眠っていた未知の心境に気づくことができた。今の僕は妻の妊娠を知ったら、心の底から喜べる人間になっているのだ。人の親になることへの決意に、気後れしなくなっているのだ。 チーにも礼を言いたい。ありがとう。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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