【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

先日の夜、家の書斎で執筆していると、無性に牛乳が飲みたくなった。僕はリビングに向かい、冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。氷が入ったコップに牛乳を注ぎ、豪快に飲み干した。「プハーッ」お約束の声が漏れる。大好物のアイスミルク。余は満足じゃ。

その後、僕は牛乳パックを速やかに冷蔵庫の中に戻し、上機嫌で書斎に戻った。ここまではなんの変哲もない山田家の日常である。我ながら至って平凡な暮らしだ。

ところが数分後、仕事を再開していた僕の耳にリビングから叫び声が聞こえた。

「あーっ、なんでこうなるかなあー!」声の主は妻のチーである。

僕は慌てて書斎を飛び出した。なんだなんだ、今日は何が起こったのだ。断っておくけど、僕は何も悪いことをしていない。ただ牛乳を飲んだだけだぞ。

リビングに入ると、チーが冷蔵庫を開けながら頭を抱えていた。「ねえ、さっき牛乳飲んだでしょ!?」口を鋭く尖らせながら、いかにも不機嫌な視線を送ってくる。「の、飲んだけど……」僕は目を白黒させた。事態がいまいち呑み込めず、それ以上言葉出てこない。 すると、チーはようやく怒りの理由を教えてくれた。

「冷蔵庫に戻すときの牛乳パックの"向き"が違う!」
「向き?」
「なんで横に向けるかなあ。牛乳パックは後ろ向きに入れてよ。そうしないと、こぼれちゃうかもしれないじゃんっ」

なんだそれ――。僕は唖然とした。そんなこと今まで考えたこともなかった。

我が家の冷蔵庫における牛乳パックの保管場所は、おそらくどの家庭でもそうであるように、開いた扉の裏に装備されている飲み物や調味料などを陳列する柵付きの棚だ。そこに牛乳パックを差し込むようにして保管するわけだが、その差しこむときに牛乳パックの注ぎ口が"後ろ向き"になっていないといけない。それがチーのこだわりだとか。

世のコマガール(細かい女性)たちの中ではそれが常識なのかもしれないが、僕はまったく知らなかった。いや、知っていたとしても気にしなかったと思う。

正直、牛乳パックの向きなんかどうだっていいじゃないか。だいたい、牛乳がこぼれるかもしれないという理由もよくわからない。たとえば何かの拍子で牛乳パックが倒れ落ちたとしても、そんなものは横に向けようが、前に向けようが、後ろに向けようが、どのみち一緒な気がする。そもそもの理屈自体が、どうにも解せないのだ。

しかし、チーにとっては叫び声をあげるほど重要なことなのだろう。牛乳パックは後ろ向きにしまう。人生35年目の僕がチーと結婚したことで、新たに覚えたことだ。

これ以外にも、どういうわけかチーには "向き"に関する様々なこだわりがある。 たとえば、風呂場の棚に陳列されているシャンプーやコンディショナー、ボディソープの類。これらに関しては、常に右からボディソープ、コンディショナー、シャンプーの順番に並んでいなければならないのはもちろんだが、さらにそれぞれのノズルの向きに関しても、軍隊の敬礼よろしく一定方向に揃っていなければならない。

チー曰く、これにも深い理由があるという。もし順番がバラバラだったら、シャンプーと間違えてボディソープで洗髪してしまう恐れがある。また、ノズルの向きが揃っていないと、目を瞑ってコンディショナーのノズルのトップを押したとき、あやまって液体を下にこぼしてしまう危険性がある。要するに、チーなりのリスク回避策なのだ。

うーん、本当にどうでもいい。こんなに説得力のないリスク回避策も珍しいと思う。

とはいえ今のところ、僕はチーのこだわりに合せて生活している。内心はいまだにどっちでもいいと思っているのだが、それも含めてあまり気にしないほうがいいだろう。

ただし、ひとつだけ気にせざるを得ない、チー特有の向きに関するこだわりがある。

それは寝るときの姿勢だ。どういうわけかチーは体を"左斜め"に向けるのだ。

これはダブルベッドを上から見た構図を想像するとわかりやすい。チーの枕はダブルベッドの右上角にあるからして、当然チーの頭もベッドの右上角にある。普通はそこからまっすぐ下に体を伸ばして睡眠体勢に入る、すなわちダブルベッドの右側半分だけを使用するわけだが、チーの場合は違う。頭の位置を始点として、そこからこだわりの"左斜め方向"に体が伸びていく。右上角から左下角に、いわゆる対角線上である。

要するに頭はダブルベッドの右側にあり、足はダブルベッドの左半分にあるという、なんとも豪快な睡眠姿勢なのだ。「ダブルベッドは二人で半分ずつ使って寝るもの」という既成概念を根底から覆している。左半分で寝たい僕はどうすればいいのだろう。

かくして、僕はいつも「頼むから斜めに寝ないでくれ。俺が寝られなくなる」とチーに懇願するのだが、チーはそのたびに不服そうな顔になる。「わたしにとっては、この斜めの方向がベスポジ(ベストポジション)なの!」と語気強く主張するわけだ。

いやはや、こんなに方向にこだわる人は他にいるのだろうか。不思議だ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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