【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

以前、ある街の一角でチーと待ち合わせをしたときのことだ。先に着いた僕が待っていると、しばらくして視線の先からチーが不機嫌な顔で歩いてきた。

たちまち焦った。なんだ、あの仏頂面は。もしかして何か怒らせるようなことでもやったのか。僕は必死で記憶を辿った。しかし、思い当たるふしがない。それはそれで不安になった。僕が自覚していないところで、チーを怒らせることもしばしばあるからだ。

するとチーは到着するなり、第一声でこう言った

「トップスがかわいくない」

「……」愕然とした。会っていきなり、それですか。後頭部をはたかれた気分だ。

ちなみにトップスとは、つまり僕が着ている黒いジャージのことだ。もっとも、いわゆる部屋着のようなスポーツジャージではない。ラインといい、デザインといい、実にファッション性に優れた、僕の中ではお気に入りのお洒落ジャージである。

しかし、洋服の好みとはまさに千差万別だ。そんなジャージであっても、チーのお気には召さなかったようで、あえなくダメ出しの対象になるわけだ。

「デニムと靴と帽子はかわいいけど、なんでそのトップスにするかなあ」とチー。下唇を剥きながら、不満そうに続ける。「なんか浪人生みたいじゃん。かわいくないなー」

こうなると、僕は力なく白旗をあげるしか手がなくなってしまう。どんなに理路整然と抗議したところで、チーの評価を覆せるわけがない。そう、チーのような細かい女性にとって、この「かわいいか、かわいくないか」という評価基準は非常に繊細なのだ。

たとえば、現在の山田家が抱えている問題点のひとつに「バスタオル不足」というものがある。僕が風呂から上がると、バスタオルがすべて洗濯中という憂き目に遭うことが珍しくない。これは単純な話で、バスタオルの絶対数が少ないのだ。

当然、僕は今まで何度も提案した。「新しいバスタオルを買おうよ。安くていいから、まとめ買いすればいいじゃん」チーもそれには賛成しているようで、「そうだね。わたしが買っとくから」と何度も快諾したことを鮮明に覚えている。

しかし、それでもチーはなかなかバスタオルを買ってこない。最初の提案から何日間も経過しているというのに、山田家のバスタオルは一向に増量せず、いつまでも「洗っては使う、洗っては使う」といった、いわゆる自転車操業の状態が続いているのだ。

最初、僕はチーが忙しいからだと思っていた。山田家は共働きであり、しかもチーは某企業に勤めているOLだ。基本的に平日は朝から晩まで働いているため、なかなか時間がとれないのかもしれない。のんべんだらりとした在宅仕事とはわけが違うのだ。

そこで僕は気遣いを見せようと、新たな提案をした。

「バスタオルは俺が買ってくるよ。昼間にちょっと外出すればいいし」

しかしどういうわけか、チーはそれも却下した。「いいよ。わたしが買ってくるから」そう頑なに主張し、僕にバスタオルを買わせようとしない。さらに「なんでだよ? いいじゃん、バスタオルぐらい」と詰め寄る僕に、こんな理由を説明したのだ。

「わたしが"かわいい"バスタオルを買ってくるから、もうちょっと待ってて」

要するに、チーの中ではバスタオルにも細かいこだわりがあるわけだ。僕としては、いや世の多くの男性はそうだろうが、たかだかバスタオルぐらい拭ければなんだっていいと思っている。しかし、チーはバスタオルにも色やデザイン、触り心地など、いくつかのこだわりがあり、そのすべてを満たさないと購入に値しないわけだ。

しかもチーの場合、そのこだわりが恐ろしく狭いのか、自分でも納得のいくバスタオルをなかなか見つけることができないから厄介だ。別に仕事が忙しくてバスタオルを買う暇がないわけではない。暇はあるのだが、お眼鏡にかなう品物がないのだ。

かくして山田家は、現在もなおバスタオル不足の渦中にいる。

「チー、バスタオルどうなった?」
「まだ見つからないのよねえ。もうちょっと待ってて」
「もうそろそろ妥協しようよ。俺が買ってくるからさ」
「いや、ダメ。ちゃんと"かわいい"バスタオルを探すから」

そんなやりとりが、なんと数カ月にもわたって続いている。その間、僕はバスタオルを切らさないよう、なるべく何日も同じバスタオルを内緒で使用しているのだが、これもチーにばれたら間違いなく「雑菌がどうのこうの」と血が出るほど怒られるだろう。 ちなみに、使用を許された数少ないバスタオルは動物の柄である。チーにとって、動物は"かわいい"わけだ。しかしどんな動物でも、また動物だったらどんな柄でも、すべからく"かわいい"かといえば、決してそうではないからますます厄介なのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。

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