【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

奥様の名前はチーという。性格を一言で表すことは当然無理な話だが、何事にも神経質で几帳面なところがあり、いわゆる細かい女性であることは確かだ。

たとえば洗濯した洋服やタオルを独自のこだわりで正確に折りたたむのは当たり前、その他にも家中のあらゆる物が綺麗に陳列及び配置されていないと気が済まないタイプ。加えて、やや潔癖症気味なのか、とにかく「雑菌」にうるさいところがある。

先日もそうだ帰宅した僕が、外出先で使用したノートパソコンを鞄から出すと、

「その電源コード、床につけてないよね?」

と懐疑的な視線を送ってきた。電源コードに雑菌がついているはずだから、それをちゃんと洗ってから家で使用しなさい、というわけだ。ううっ、細かい。

また、洗濯物を出す際はいったん自分でコロコロして毛や糸くずをとってからでないといけない。チー曰く、「ポンポン丸(ポメラニアン)を飼っているんだから、毛にナーバスになって当然」とのことだが、これが僕には面倒くさい。そこまですることなのか。

さらにそれ以上に厄介なのが、靴下である。

これもチーの方針なのだが、山田家では靴下の洗濯方法に独自のルールがある。それは洗濯カゴに出す前に、いったん自分で手揉み洗いをすることだ。

正直、これはいまだに腑に落ちない。手洗いをするなら、洗濯機の意味がないじゃないか。そもそも人類はすべての洗濯物を最初は手洗いしていたわけで、やがてその労を軽くするために洗濯機が開発された。それなのに「手洗い+洗濯機」を推奨するとは、一体どういう道理だ。我が家の洗濯機を開発した人に失礼とすら思えてくる。

「靴下ってすごい雑菌がついているんだよ。だから、いったん手洗いしないとちゃんと汚れが落ちないし、洗濯槽も汚くなるでしょ」

チーの理屈はこういうことだ。すなわち、糞尿を漏らしたときのパンツ(汚くてすいません)みたいなものか。僕は情けないことに父譲りの下痢症体質のため、いい年こいていまだに年数回は糞尿パニックに惨敗する日があるのだが、確かにそういうときはパンツをそのまま洗濯カゴに入れたりしない。チーにばれないようにこっそりパンツを手洗いしてから、これまたチーにばれないように人知れず洗濯機を回すわけだ。

しかしそう考えると、糞尿パンツと靴下は同類ということになる。それぞれに付着している雑菌の量が同じぐらいだと、チーは認識しているのだろうか。うーん、ますます合点がいかない。誰が見ても、糞尿パンツのほうが汚いじゃないか。

もっと不思議なのは、糞尿が付着していない通常時のパンツに関してだ。

チーによると、それは直接洗濯カゴに入れてもいいとのこと。つまり、雑菌の量は「靴下>通常パンツ」と認識しているのだろう。いやはや、これを納得しろというのは土台無理な話ですよ、あなた。絶対、通常パンツのほうが汚いと思います。

そんな中、新たに驚くべきことが起こった。

先日、サンダル履きで外出していた僕は、帰宅するなり、チーにこう言われたのだ。

「サンダル履いたんなら、毎回手洗いしてねー」

実に爽やか且つ平然とした言い回しだった。「歯磨きは毎日してねー」と言うぐらい、さも日本ではそれが当然のことかのような雰囲気が漂っていた。

そうなのだ。チーの中では"サンダルも毎回手洗いするもの"なのだ。

これにはさすがに抗議した。

「いくらなんでも細かすぎるって! サンダルを毎回いちいち手洗いしている奴なんて聞いたことないよっ。大体、チーだってしてないじゃん!」

我ながら正当な理屈だと思う。僕が知る限り、チーは夏になると毎日のようにサンダル類(ミュール含む)を履いているにもかかわらず、今までいちいち手洗いしているところを見たことがない。それなのに、僕だけに強要するのはおかしな話だろう。

すると、チーはまたも平然と即答した。

「いや、わたしとちがってタカちゃんの足は汚いから
「な――っ」
「だって、いつも臭いもん。水虫っぽくもなってるし。雑菌すごいんじゃない?」

愕然とした。全身が一気に脱力する。そうか、そういうことか。

要するにチーが唱えているのは、サンダル全般に関する独自のこだわりではなく、"僕の足"という特殊な汚物が加味された、言わば雑菌サンダルに関する特例措置なのだ。

30代も半ばになったからか、これは相当きつい言葉だった。もしかすると、靴下に関しても同じなのかもしれない。僕の足を一日中覆った特殊な靴下だけは、通常時のパンツをはるかに超える雑菌量を計測するはずだ――。我が妻にそう思われていたのか。

その夜、僕はいつもより入念に足を洗った。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。

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