原油が下落すると、パワフルな大型車の人気が復活

原油急落を受けて、アメリカで大型SUV(ワゴンタイプの多目的乗用車)の販売が好調である。排気量4~5リットル台のSUVもよく売れている。原油が高騰すると省エネがブームになるが、原油が下落すると、パワフルな大型車の人気が復活する。過去に何回も繰り返したことがアメリカでまた起こっている。

トヨタ自動車の業績が好調だ。北米の利益が大きく伸びている。円安効果に加え「ランドクルーザー」など大型SUVの販売好調が追い風となっている。同社は、リーマンショックが起こる前に北米で大型SUV生産の積極投資を行った。リーマンショック後に北米で大型車の販売は不振となり、タイミングの悪い投資であったといわれたが、今、やっと実を結んだ。

トヨタの燃料電池車「ミライ」の販売は、今後どうなる?

良かった良かったと喜ぶ反面、ひとつ不安になることもある。トヨタ自動車が、昨年12月に日本で販売開始した燃料電池車「ミライ」の販売は、今後どうなるのか? これまで、原油が高騰すると電気自動車・燃料電池車の開発や、自然エネルギーの活用に世界が前向きになった。ところが、原油が下落すると、熱が一気に冷める傾向があった。

燃料電池車ビジネスは、今後10年は採算に乗らないであろう。それでもトヨタは、水素エネルギー活用社会を作るための第一歩として、燃料電池車に不退転の覚悟で参入した。トヨタだけではない。日本は官民挙げて、世界最速の燃料電池車普及を目指している。

岩谷産業やJX日鉱日石エネルギーなどは、燃料電池車に水素を補給する水素ステーションの整備に協力する。2015年中に、全国で大都市圏や高速道路を中心に100カ所程度の水素ステーションが整備される見込みだ。

JX日鉱日石エネルギーの「八王子高倉水素ステーション」外観

当初赤字はわかっていて、水素ステーション網の先行整備に協力

もちろん、水素ステーションは当初赤字である。まだ、燃料電池車の量産が始まらないうちに、先行して水素ステーションの整備を進めるのだから、利益をあげるのはむずかしい。岩谷やJXはそれがわかっていて、水素ステーション網の先行整備に協力する。なぜならば、水素ステーションの整備が先に進まないことには、燃料電池車の販売が進まないからだ。いつ利益が稼げるかわからないが、水素社会実現に協力する。

トヨタが昨年発売した燃料電池車「ミライ」のメーカー希望小売価格は723万6000円(税込み)である。国から202万円の購入補助金が出るので、購入者の負担は約520万円となる。非常に高価な自動車であるが、それでもトヨタにとって採算を取るのは難しい。数年前まで1台1億円すると言われた燃料電池車である。無理に無理をかさねてやっと700万円台での発売に漕ぎ着けた。

世界を驚かせた燃料電池車「ミライ」特許の無償化

トヨタの決断で世界を驚かせたのは、発売したばかりの燃料電池車「ミライ」の特許の無償化に踏み切ったことだ。自動車の分野で5680件もの技術を一斉に開放する。長い年月とコストをかけて築き上げた技術を無償化することに技術者から賛否両論あったが、結局、世界で燃料電池車普及が早まることを優先することになった。

燃料電池車は、3分で燃料がフル充填でき、1回の充填で500~600キロ走ることができる。ガソリン車とほぼ同等の利便性が得られるので、車両価格が低下し、水素ステーションの整備が進めば、普及が広がるであろう。排ガスをいっさい出さない環境にやさしい自動車としても注目される。

日本は水素生産大国、新日鐵住金は「水素タウン」を作る実証実験

現在は、燃料に使う水素を製造するのに化石燃料を使うので、「最終的に地球環境にプラスといえない」との声もある。確かに、当初は、燃料電池車には化石燃料由来の水素を使う。これまで、製鉄所や製油所で作られた副生水素が有効活用されていなかったが、これを有効活用することから始める。実は、日本は水素生産大国である。製鉄所や製油所の副産物として水素が大量に生産されている。新日鐵住金は、八幡製鉄所の副生水素を活用して「水素タウン」を作る実証実験をおこなっている。

このように当初は、化石燃料由来の未利用水素の活用から始まるが、将来的には自然エネルギーから作られるグリーン水素で燃料電池車を走らせる社会の実現を視野に入れている。

日本企業は、遠い将来の夢を目指して、目先の利益を犠牲にしてでも、燃料電池車の研究を続けるであろう。ただ、原油急落により、世界では目先、電気自動車や燃料電池車への関心が低下する可能性もあることが、気がかりである。

執筆者プロフィール : 窪田 真之

楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。