順調に見えた飲料事業から、なぜ撤退するのか?

JT(日本たばこ産業)は2月4日、1988年の参入以来27年間続けてきた飲料事業から撤退すると発表した。これまでに「桃の天然水」「ルーツ」などのヒット商品を出し順調に見えた事業から、なぜ撤退するのか。

同社の飲料事業は、2年連続で赤字である。

JTの部門別営業利益

(出所)JT2014年12月期決算短信

(※)JTは3月決算から12月決算に移行したため、2014年は変則決算となっている。実際の決算期は2013年3月期(12カ月)、2014年3月期(12カ月)、2014年12月期(9カ月)である。上の表は、同社が2013年・2014年の12カ月の業績として計算しなおしたものである。調整後営業利益は、為替変動の影響を除いた営業利益のことで、同社が分析のために独自の方法で計算したものである。△は赤字を示す。

同社の小泉社長の説明によると、「2年赤字であったことが撤退の理由ではない。飲料事業は、それ以前は利益を稼いでいた。たった2年赤字が出ただけで撤退を決断するほど、単純な判断はしない」。

同社は、国内および海外のたばこ事業で安定的に高収益を稼いでいるが、多角化事業ではなかなか成果が出ていない。医薬品事業は、長年にわたり赤字を計上してきた。たった2年の赤字で将来の可能性を断念することはないJTの経営姿勢は、医薬品事業への取り組みを見れば、一目瞭然だ。小泉社長の予想では医薬品事業は「早ければ2016年度にも黒字化する」。鳥居薬品を買収するなど努力を続けてきた成果が、来年度以降に実を結ぶと期待されている。

では、なぜ飲料事業から撤退するのか。競争激化で将来が期待できなくなったことが挙げられる。小泉社長の説明では「既存製品の販売を拡大しながら、トップ・ブランドとなる新製品を開発していくのは無理と判断した」。

日本の飲料事業には4つの逆風

確かに、ここ数年、日本の飲料事業には逆風が吹き続けている。特に以下の4つが、飲料事業の将来性を厳しくしたと筆者は考える。

  • (1)コンビニ各社が始めた「入れたてコーヒー」の販売拡大が缶コーヒー売り上げを圧迫

スターバックスなどコーヒーチェーン店が提供するコーヒーは、価格が缶コーヒーより高いので、直接競合することがなかった。しかし、セブン-イレブンが始めた「入れたてコーヒー」は1杯100円だったので、それまで缶コーヒーを買っていた顧客を直接奪うようになった。

  • (2)近年、水道水の品質向上が著しく、ペットボトルの水と同等以上の水質が得られるようになりつつあること

2000年代以降、日本の飲料業界にとって最後の成長市場が「ニアウォーター(水に近い薄味の飲料)」と「水」であった。両市場とも既に競争激化で収益性が低下している上に、市場の成長性にも疑問符がつき始めている。日本のビン(缶)入り飲料は1980年代には、今と比較すると味が濃いものが多かった。2000年代に、味の薄いニアウォーター市場が急拡大した。ニアウォーター市場開拓の先駆者となったのが、1996年にJTが発売した「桃の天然水」であった。

「ニアウォーター」が参入増加で激戦となると、次の成長市場は「水」と考えられた。水道水を飲まず、ペットボトルの水を飲む習慣が日本でも広がりつつあったことが、「水」を最後の成長市場と考える理由であった。ところが、「水」市場は当初から競争が激しく、収益性を確保するのが困難であった。さらに近年、東京都水道局などが、水道水の品質が高くなったことをしきりに宣伝するようになってきたことも、「水」市場で乱戦を繰り返す飲料業界に新たな脅威になりつつある。

  • (3)人口減少による飲料需要の減少

飲料は、酒類など一部の高価な品目を除き、輸出して採算を取るのは困難である。人口減少による需要減少に対策がない。

  • (4)安価なプライベート・ブランド飲料の拡大

缶飲料で安価なプライベート・ブランド飲料の販売が拡大していることも逆風である。

執筆者プロフィール : 窪田 真之

楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。