【コラム】
イギリスで世界最初の産業革命が起きた。その勃興期に書かれたかの有名な経済学書が、A・スミスの『諸国民の富』(1776年)である。その時代は、W・W・ロストウによると、イギリスの本格的な資本主義社会が成立するための「先行条件期」(the preconditions for the take off)と見られている(なおロストウの『経済成長の諸段階』によると、イギリスのテイクオフ期は1783-1802年とされている)。
どちらにしても、今から250年前後に、近代経済の様式が生まれたことになる。この近代的経済モードこそが、モダンエコノミーである。これによって、まずは、西欧先進国が豊かな経済社会を作り上げ、それからほぼ100年遅れて日本は、資本主義化に成功を収める。
このモダンエコノミーは、テクノロジーとしてのイノベーションと社会システムとしてのイノベーションの双方を発展させて、よりコストが低く、より付加価値の高いものを大量に生産し、大量に販売していく仕組みを作り上げたのである。そして、工業社会の後に、「大衆レベルでの耐久消費財とサービスとが普及する時期」がやってきたのである(ロストウのいう最終段階)。
現在は、そのモダンエコノミーのシステムやモードが、BRICsと呼ばれるような巨大な人口と国土をもつ国々に急速に浸透し始めているのである。それは、彼らの豊かさの実現であるとともに、先進国にとっても彼らが作る安価な商品の輸入を通じて、大きなメリットをもたらしているのである。
ここまでは人類の科学の恩寵であり、人類の進歩の成果であり、いわば光の部分である。しかし、モダンエコノミーの暗黒面がまさに大きな口を開けようとしている。その暗黒面のひとつが、地球環境問題である。
その具体的な兆候を示すデータは枚挙に暇がないが、その一部のみを述べてみよう。たとえば、1990年あたりから、日本の平均気温は確実に上昇し始めているのである。勿論、それ以前でも徐々に上昇の気配はあるものの、はっきりとした兆候とはいえないものが、90年代以降は、筆者のような素人でも分かるような上昇を示し始めているのである。まさに温暖化現象が顕在化し始めているのである。
自然現象としては、やはり近時の世界の異常気象による風水害、大旱魃は、それ以前とは明らかに異なる規模となっている。それに連動する形で、自然災害による保険金の支払いがまさに、急上昇し始めているのである。この調子で上昇を続けると、保険制度が維持できなくなると言われ始めているのである。そうなると、自然災害の発生頻度の高まりと規模の拡大は、個々人にとってきわめて大きなリスクになるといえよう。
いや、日本はまだそんなに大きな被害が出ていないといわれるかもしれない。確かに、地球規模の自然災害は、日本で発生する可能性はそう高くはないかもしれない(といっても、台風の規模拡大や数の増加は甚大な被害をもたらすのであるが)。
より深刻で構造的な課題は、地球環境の破壊の進行と資源の枯渇による経済社会への負の影響である。具体的には、気候の変動による農作物への甚大な被害である。外国の大穀物地帯で作物が採れなくなると、農産品の60%以上も輸入に頼っている日本の食糧はどうなるのだろうか。これ以上、魚介類を採り続けていくと、世界の海から大半の海洋生物が死滅するといわれている。
これらの地球環境への悪影響をもたらしたのは、まさしくモダンエコノミーなのである。なんとかモダンエコノミーの論理から脱して、少しでも危機を遅らせ、被害を小さくすることが求められているのである。筆者がいうポストモダンのエコノミーも、より深いレベルではこの点に収斂するといえよう。
といっても、モダンエコノミーのすべてを根底から変えることは、誰にもできないであろう。現実的に過ぎる見解であるが、できるところからやっていくしかない。
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そのためのロジックのひとつを簡潔に示したものが、図表である。この図表は、前回の図表に似ているが、ここでは、右側に、環境配慮の商品群を配置し、左側には、健康と安全な商品を配している。
このときに、もし何も環境や人体に対する悪影響の情報や知識がなければ、私たちはやはりもっとも安い商品を購入するであろう。それが横軸の真ん中である(コスト曲線の底にあたる)。環境や安全性に対する配慮や工夫をしなければ、やはり製造コストが安くなるし、販売コストも安くなるであろう。
しかし、「グリーンコンシューマー」や「グリーンカンパニー」という言葉があるように、人も企業も次第に環境や安全に対する欲求を強めつつある。少し高くても、十分に配慮された商品を選ぶ人々が増えつつあるのも事実である。そのときに、重要なことは、何が環境によくて何が悪いのかという基準の設定と、それに関する情報や知識の普及であろう。さらには、国内での法的制度的規制を強めことも考えられる。このようになると、図表にもあるように、環境に配慮しない商品は、売ることができなくなるか、購入されなくなるであろう。その方向に向かうように、個人も企業も行政も協調行動をとることが望まれているのである。
図表の左右の商品は、モダンエコノミーのロジックから生み出されたものではあるが、もっともコストが安くもっともたくさん売るというものではないので、ポストモダンのエコノミーといえなくもない。
どのみち、ますます地球環境問題が大きくなる時代の中では、より早くから環境対応措置を講じたり、安全や安心な要因を強めた商品の開発をすることが、個別企業および全体社会の持続的発展のためには必要であろう。
モダンエコノミーの大きな欠点ひとつは、冒頭に出てきたA・スミスの「神の見えざる手」が上手に働くという点で過信であった。少なくとも、これだけ地球環境が悪化するということは、個々的な企業のみの合理性は働いても、個人や企業を取り巻く環境へは、その神の見えざる手が及んでいないことを意味しよう。もっといえば、「今」(now)の合理性は実現できたとしても、将来世代の安全や安心を含み込んだ合理性は実現できていないといえよう。
今回の話は、一国の経済すらもはるかに超えたまさにグローバルな国際社会的課題であるが、私たちにできることは、個々人や企業から少しずつ変われるかということである。それが思うよりもきわめて困難であることを承知の上で、それでも未曾有の環境的悲劇を回避するためには個人から何ができるかを模索し続けなければならないであろう。
(大阪市立大学 近勝彦)
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