【コラム】
前回に引き続き、ICTとポストモダンなエコノミーとの関係をもう少し考えてみよう。
企業におけるICT投資は、きわめて大きくいうと3つの領域への投資といえよう。その第一は、企業と企業とを結ぶネットワークである。企業は、各種資源や材料や部品や商品を他の企業から入手をし、それに様々な付加価値を付け加えて顧客に販売することで儲けていくのであるから、企業間取引のコストをどれだけ下げられるかが大きな経営課題である。これを実現するICTシステムを、SCMと呼び習わしている。第二は、企業は最終的には、顧客に自商品を販売するのであるから、顧客情報と商品情報をマッチングさせて付加価値を得るのである。これは、CRMと呼ぶのが一般化している。第三は、限られた内部資源の制約を前提としてこの2つのICTシステムを最適化しながら、組織内でコミュニケーションを通じて企業価値を高めようとしているのである。
上記のようないわば一般命題化(常識化)したICTシステムが普遍化するとどうなるだろうか。企業の長い価値連鎖の中で、それぞれが最適な調達を進めると、それぞれの調達コストは低下することが考えられる。しかも、すべての取引連鎖企業間で、単一の取引フォーマットを使えば、コミュニケーション・コストがさらに低下するであろう。この両者によって、我々が購入する最終商品価格は低下できる。すると、それぞれの企業は、利益(利益率)を落とさずに販売できるので、とりあえず企業の利益は確保できる。
しかし、日本国内をみると、日本の総人口はすでに減少に転じている。すなわち、消費する口の数が減り始めているのである。では、サラリーマンの所得はどうか。一部の富裕層はむしろ増加しているものの、中間層以下は、今般の景気回復にもかかわらず所得は増加していないのである。これらは、日本の国内需要の成長鈍化または減少を長期的に招来するであろう。
さらには、グローバル化の一層の進展は、コモディティ(日常品)の輸入物の増加と、その価格の低下となって現れている。すると、このコモディティは、ますます安いものが国内に流通することになろう。これは、所得が伸びない平均的な消費者にとっては朗報である。なぜなら、所得が増えなくても、生活の豊かさの大半を規定する商品群が、安く入手できるのならば、十分にコモディティを購入することができるからである。
しかし、このような財は、これ以上あまり多く必要としないであろう。たとえば、ホッチキスを100円均一の店で購入することができるが、安いからといって、何十個はいらないからである。ノートもその値段が三分の一となったからといって、3倍の冊数必要としないであろう。なぜなら、人は3倍の速さで文章を書くことができないからである。このように、コモディティは、これまで高かった商品の代替品となり、生活財の全般的な価格を下げていくのである。
では、私たちはもはや欲しいモノがなくなったのであろうか。すべてが満ち足りているのであれば、これ以上、日本のGDPは増加しないであろう。日本の経済成長はここで終焉を迎えることになる(成長が完全に止まった定常経済が現出したことになる)。
この判断をおこなう指標として、平均消費性向を調べれば分かるであろう。この平均消費性向とは、日本国民全体の所得の中で消費割合がどの程度かを考えたものである。現在の日本の平均消費性向は、大体90%程度であると考えられる。すなわち、所得のうちに、9割は消費に振り向けているのである。結局、稼いだお金の大半を何かに使っていることは間違いがないのである(ちなみに、消費大国の米国では95%以上の消費性向となっているといわれている)。
では、一般日用品が安くなり、もはや多くのモノを買わなくてもよくなっているにもかかわらず、何にお金を使っているのか。それを模式的に示しているのが、下図表である。
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この図表は、横軸の中央部分にコモディティをもってきている。それは、先ほどの理由により、付加価値は低い(すべてのコモディティの商品が低いことではないが)。しかし、生活に必須な商品群なので、購入の絶対量はやはり大きい。そのコモディティに対して、右側には、ブランド商品を、左側には、カルト商品を配置している。この2つの商品は、付加価値は高いものの販売量は大きいものではないであろう。まとめてみると、私たちがコモディティでお金を節約できるようになった分、ブランド品とカルト品のどちらかにお金を費やしているのである。
筆者は、この2つの商品群は、これまでの経済学や経済理論では理解把握しにくいものであるから、ポストモダンなエコノミーの商品と捉えている。これらの商品は、かつてならぜいたく品(奢侈財)と捉えられていた。今でもそのような面があるとともに、それとは異なる意義も持っているのである。これらの商品は、単に生活の必需を満たしたり、利便性を追求するというものではない。むしろ、利用者の自己実現や自己表現のための商品なのである。食うに困らなくなった豊かな消費社会の中の普遍的な現象なのである。
ここで、ICTとの関係に話を戻すと、コモディティとブランド品とカルト品に対して構築されるICT戦略はそれぞれ異なるといえよう。上記の話から、コモディティは、もっぱら価格の低下をもたらすような形で使われるだろう。すなわち、コストをもっとも節約するようなICT戦略の展開なのである。
それに対して、ブランド品はどうであろうか。ブランド品は、そのブランド力を維持するために、多大なコストをかけている。より魅力がありより高級感のある商品にするために、ブランド戦略を構築するのである。これは、コモディティのようなコスト削減を目途としたものではなく、コストはかかっても、それ以上の商品価値、ブランド価値を創造するための戦略なのである(それゆえに、大半のブランドメーカーは大量販売を目指した電子商取引は普通行っていない)。
さらに、カルト商品も、ブランド品に似たような傾向をもつ。しかし、ブランド品と異なるのは、この商品は、利用者・消費者固有の趣味やライフスタイルや自己実現にかかわっているのである。自分の好きなモノやコトにはいくらでもお金をかけることを惜しまないのである。コモディティの消費を最低限度にしてもこの方面に消費を振り向けるのである。ブランド品とカルト品のもっとも大きな相違点は、前者が特定ブランドメーカーの作り上げた価値体系(デザイン体系や商品思想)への帰順と全面的依存を目指すのに対して、後者は消費者自身の趣味体系の完成を積極的に目指す点にある。
どちらにしても、ブランド品とカルト品の消費量は年々高まっている。とするならば、多くの企業もこの商品群の特性や価値について十分な理解と認識が必要であろう。図表のように、コモディティを左右の極にストレッチ(拡張)する商品展開が活発化しているのである。
その上で、コモディティとは異なったICT戦略を、ポストモダンの商品群に展開することが必要なのである。
(大阪市立大学 近勝彦)
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