【コラム】
今回は、個別企業の戦略行動を考えてみたい。ケーススタディとしては、デジタルコンテンツ配信ビジネスを開始した企業の戦略行動を考えることにする。具体的に戦略オプションを考えるときには、自社のとれる選択肢と競合企業がとることのできる選択肢の双方を考えないようであれば厳しい競争には勝てないであろう。このような関係のときに、役に立つ考え方がゲーム理論である。これは、F・ノイマンとO・モルゲンシュテルンが「ゲームの理論と経済行動」(1944年)の中で最初に提唱したもので、20世紀におけるもっとも優れた経済理論のひとつと評されている。
ただし、ゲームと一口にいっても、経営における戦略ゲームといわゆる普通のゲームとはその本質が異なる。その異なる点もいろいろあるが、ここでは勝負のつけ方に注目する。たとえば、スポーツは、一定の厳格なルールのもとで勝者と敗者を決定することである。これに対して、経営におけるそれは、必ずしも勝者と敗者が生まれるとは限らない。むしろ、両者ともが勝者となることもある。よくいわれる言葉で言い換えれば、「win to win」の関係である。しかし、逆に、両者ともが敗者となることもある。このように経営においては、単なる勝ち負けのゲームではないことが分ろう。
しかも、現実の経営においては、ゲームの前提である企業の外部環境要因とルール自体が時々刻々変容するのである。たとえば、国内企業だけで競争していた市場が、グローバル化の流れの中で、海外の企業に開放されることなどはこの例である。そのときには競争上のルール自体も変わることが普通である。さらには、それぞれの企業の創意と工夫によって、別の商品または別の市場に参入していくことも少なくない。ゲームの過程で、新しい市場が生まれることも考えられる。このようにみていくと、経営における戦略行動は、きわめて複雑な意思決定にもとづいたゲームであるといえよう。だからといって、直感的な判断にすべてを頼るのはもっとも危険である。不十分ではあっても、ゲーム理論的な分析を積み重ねることによって、少しでも成功確率を高まることが重要であるといえよう。
そのゲーム理論の中でここでは、A.M.ブランデンバーガーの考え"The Right Game: Use Game Theory to Shape Strategy"(HBR,1995)を基礎にして事例を分析してみよう。この考えでは、戦略要因として「PARTS」を考えている。これは、プレイヤー(Player)と、付加価値(Added value)と、ルール(Rule)と、戦術(Tactics)と、範囲(Scope)の5つの戦略要因を指す。そして経営をこの5つの戦略要因を巡るゲームと考えるのである。当該市場の中での競争相手は誰で、どのくらいの競争相手がいるのかはゲームのあり方を大きく左右する。たとえば多くの競争者と競うのか、マッチプレイであるのかはそのゲームの性格は大きく異なろう。つぎに、何を付加価値として考えるのか、どの程度の付加価値を考えるのかもゲームの性格を変える。さらには、ルールを誰が定めるのか、どのようにルールを変えていくのかはきわめてゲームにとって重大な要因である。また、それぞれの企業の目標や企業の体力も異なるならば、戦術も異なるだろう。最後は、競争の範囲である。この範囲の中には空間的な範囲も入れば時間的な範囲もある。このような5つの戦略要因が複雑に絡み合って行われる競争ゲームが経営であるといえよう。
この5つの戦略要因を巡って、下図表のような立場を異にする5つの関係者(ステイクホルダー)が存在し、それぞれが自己の利得を高めるために最善の方策を発見し行動するのである。
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では、デジタルコンテンツ配信業者における戦略行動を例にとって、さらに考えを進めてみよう。まず、デジタルコンテンツを配信するためには、デジタルコンテンツを保有しているか、それを生み出す業者とアライアンスを組む必要がある。この図表では、「生産財の供給者」(デジタルコンテンツ・クリエーターまたはサプライヤー)がこれに当たる。さらには、配信業者は、インターネットの中でデジタルコンテンツを配信するのであるから、IT業者(ISP業者)と連携する必要がある。このなかには、他の情報配信業者やオンライン・ショッピング業者も含まれるかもしれない。
それに対して、競合者は、まずは同じようなデジタルコンテンツ配信業者であろう。ネット事業は「ネットワークの経済」が基盤にあるので、その成功のためには、ネットワーク網(会員数)の拡大が絶対条件である。最終的には、多くのデジタルコンテンツ配信業者は必要ではなく、やはり寡占的な市場になるといえよう。ということは、多くの新規参入者があっても、まさに配信事業ゲームからは、多くのプレイヤーは敗者として市場からの撤退を余儀なくされるのである。
しかも、このデジタルコンテンツ配信業者のゲームは実に複雑な要因で作られている。というのは、デジタルコンテンツ配信業者は、まずIT業者であることが考えられる。となれば、IT業者は「補完的生産者」ではなく、まさに「代替的生産者」(競合者)となることも考えられる。つぎに、たとえばデジタルコンテンツ配信業をTV局が行えば、生産財の供給者自体がそれを行うことを意味する。まさに、そのような事態が現に進行中である。ただ、自局のコンテンツのみではその量と質が乏しいともいえる。そこで、TV局がいくつか集まって共同で配信サイトを構築することも考えられる。これも今進行中である。この領域においては、誰がメイン・プレイヤーとなりうるのかは実はかなり不確実性が大きいといえよう。
さらには、デジタルコンテンツ自体の内容(付加価値)にも様々な差別化が考えられる。TV放送で言えば、ドラマはパッケージとして完成されたものを毎回視聴するサービス形式である。しかし、ネット上では、これに様々な付加価値をつけることができる。たとえば、出演者の声をストリーミングで聞くこともできよう。メイキングフィルムを見せることもできる。または、シナリオを公開してもいいかもしれない。さらには、TVでは放送されなかったノーカット版もありうる。もっといえば、TV放送とは結末がまったく逆転したドラマをネットで流すこともできよう。このようなものは、有料で視聴してくれるかもしれない。なぜなら、TV放送にはない新しい付加価値がついているからである。このときには、TV放送はむしろ番組コンテンツを認知・普及させるためのものと考えられるようになるかもしれない。
範囲においても、別に国内に限る理由はない。日本を世界に売り込むためには、あえてサムライ物や相撲や日本文化のみを海外に配信する事業も面白いかもしれない。勿論、今流行の日本のアニメや漫画ならば十分に採算は取れるであろう。または、街中では昭和レトロ風の店をちょくちょく見かけるようになったが、コンテンツでもちょっと昔のもののみを配信するサイトもあってもいいかもしれない。高齢化社会はレトロ社会でもあるからである。同じカテゴリーの土俵でなければ存在価値はあるので、生き残りのためにはニッチのポジションをとる配信事業者も将来的には出てくるかもしれない。
ここでみたように、いろいろな戦略オプションを構想しシミュレーションすることは、リスクとリターンを考える上では欠かせない考え方のひとつといえよう。あえてビジネスをゲーム化して、自社と他社との戦略ゲームを定期的におこなってみるのも新しい発見があるかもしれない。
(大阪市立大学 近勝彦)
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