【コラム】

IT資本論

79 コンテンツ流通論(20) メディアの闘い方(5) メディア間競争

近勝彦  [2005/07/22]

先に、パーソナル・メディア発展の可能性をみてきた。この領域のメディアは、今後ますます発展を遂げよう。そのような小さなメディアが無数にネット内に誕生するようになると、長きにわたって変わらなかったマスコミも変化せざるを得なくなるだろう。現に、マスコミの中核に君臨するTVキー局が、ネットによるコンテンツ配信を表明し始めている。メディアの大進化時代への幕開けを予感させるに十分である。

そこで今回と次回にわたって、メディア間競争の優劣を決するのは何かを経営学的視点で論じてみたい。ただ、メディアおよびそれが流すコンテンツといっても実に多くの種類のものが存在しているので、ここではニュースに焦点を当てて議論を展開したい。

「ニュース」(news)という言葉が示すとおり、記事がニュースに値するかどうかは、まさにその「新しさ」(new)であろう。だれよりも早く新しい出来事を報道することは、文字通り新しい驚きを人々にもたらし、それを得る価値がある。そのために、いきおい、大スクープを得るために、過剰な取材や拙速な発表の誘惑にメディア企業は駆られることになる。ニュースは速さに加えて、報道対象を正確に捉え、適切に表現されていなければならないであろう。このニュースの「スピード」と「情報内容の正確さ」はしばしばトレードオフの関係に立つと考えられる。さらには、情報内容に関する「知識や評価レベルの深さ」も問われよう。事故や事件の複雑な背景や発生理由の深い説明とその総合的な社会評価には、高度な社会経済的な思想や理論やセンスが必要と考えられる。

さらには、ニュース自体の「広がり」という問題もある。たとえば、全国紙の新聞をみると、たしかに、毎日の出来事が翌日にはほぼ網羅されているといえる。第一面のトップ記事から始まって、政治・経済・社会そしてスポーツ、さらにはそれぞれの地域の出来事まで網羅されている。前日に起こった出来事は、テレビやネットニュースで知っていながらも、今一度、新聞の紙面として翌日の新聞でサーベイ(一瞥のもとに総覧する)するのである。なぜ、すでに他のメディアでほとんど知っているにもかかわらずサーベイするのであろうか。よく考えてみるとちょっと不思議な感があるが、我々は新聞の長い歴史に鑑み、暗黙のうちに出来事の最終的な評価を新聞に任せているのかもしれない(他の言葉で言えば新聞への信頼は厚いといえよう)。または、そのような「社会的慣習」(社会癖)が人々の頭のなかにロックイン(固定)されているかのようである。ただし、若年層にはそのような習慣がないとも言われ、将来的にはそのような慣習が維持されないのではないかという見解もある。

そこで、ここではニュースの総合性とコストとの関係から、メディア間の競争側面を論じてみたい。それを示しているのが、下図表である。

図表 「コスト/ 総合性」によるフロンティア分析

この図表の競争フレームは、横軸に低コストをとっている。ちょっとこの図表が変わっているのは、横軸の右にいけばいくほど、低コストであることを表している(逆に原点がもっとも高コストということになる)点だ。それに対して縦軸は、メディアの総合性を表しているとする(このフレームは、G・サローナー他著、石倉洋子訳『経営戦略論』(東洋経済新報社)に依拠している)。

このフレームは、コストと総合性の獲得と保持がトレードオフの関係に立っていることを示している。大新聞社にせよ、TVキー局にせよ、日本中の情報を収集し、整理し、評価付けをして、それぞれのメディアを通じて日本中に配信することは巨額の費用がかかる。それゆえに、全国にニュースを配信できる企業数は当然に限られる。しかし、メディアには、コミュニティ・ラジオ放送局や地方TV局または地方新聞社のように、一定のエリアのみをカバーするものもある。これらは当然に、大マスコミ企業よりも情報収集範囲と配信エリアが狭いために、それらよりは運営経費は小さい。さらには、パーソナル・メディアは、情報収集コストと施設運営コストは劇的に安い。逆にいえば、個々人や中小組織が運営しているので情報の範囲は狭い。すなわち、情報を総合的に収集し配信する力はないといえよう。この面から見ると、やはり大マスコミ企業と、コミュニティ・メディアやパーソナル・メディアは、別の存在とみなければならないであろう。しかし図表で言えば、青い曲線上にあるメディアはすべて競争優位であることを示している。それゆえに、このようなメディアは、その規模にかかわらず生き残れるものといえよう。よって、それぞれのメディアが、それぞれの存在意義と根拠を示せるのならば、規模の大小は関係がないといえるのである。

問題は、同一メディア間競争に勝ち残れるかということである。図表では、大手TV局間の競争を論じている。まず、TV局Aは、競争優位を示す曲線上に位置しているので、完全に生き残れる放送局といえよう。それに対してB局は、総合性という点ではTV局Aに負けていない。すなわち、ニュースの総合的な収集と配信力は対等であるといえよう。しかし、コスト面でA局よりも大きく下回っているのである。B局は情報面では力があるのに、コスト管理の面で劣位におかれている。この局は、コスト圧力のために、収益が上げられず、次第にいい番組やニュースを収集配信する力自体も失う恐れがあるといえよう。それに対してC局は、コスト面ではA局と同じであるが、総合性ではA局に大きく水を開けられている状態といえる。このような状態が長らく続くと、このC局は視聴者数を失い、ひいてはCMなどの収益を低下させる恐れがある。このように、メディアは第一次的には他の産業と同じように、同一メディア企業の中での競争に打ち勝っていかなければならないのである。

さらに将来的には、これまで住み分けが事実上おこなわれていた他分野のメディア間競争も生じることが考えられる(これは図表では青と黄色の矢印で示されている)。これをもたらすのは、明らかにデジタル化とネット化である。たとえば、TVキー局が、自分の番組のネット配信を始め、そのついでにテキストでもニュース配信をすることは十分に考えられる。逆に、新聞社が、映像配信をおこなうことも一部では現実化している。さらに、既存のTV局がインターネット配信に力を入れていけば、様々なインターネット配信業者との競合関係が強まるとともに、ISP業者とTV局との配信能力の違いから、包括的なアライアンスも生じていく面もある。

このような複雑なメディア間競争の中で生き残るには、大きく言って2つの要素が考えられる。その第一は、ここにいうコストと総合性との関係である。図表の青い曲線が示すことを再度述べると、コストパフォーマンスが低いメディアは今後は生き残れないということである。規模の大小にかかわらず、資源の「集中と選択」がこれまで以上に求められるといえよう。とくに規模の小さいメディアは、自分のもっとも得意とする「情報領域」(information domain)に資源を集中しながら、他社との差別化を図るとともに、ある程度の情報範囲を維持するためのアライアンスが生き残りの鍵といえよう。

今ひとつのメディア要因は、実はきわめてはっきりしている。それは、商品である「情報の質と量」の問題である。そこで次回は、情報に関する「リッチとリーチ」の関係からさらにメディア間競争を考えてみたい。

(大阪市立大学 近勝彦)

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