【コラム】

IT資本論

68 コンテンツ流通論(9) プロパテント政策を超えて

    近勝彦  [2005/04/18]

    知識社会は、情報・知識がその経済社会の主要な財物であるから、その保護はいきおい強化される傾向にある。その強化政策をプロパテント政策という。では、知的財産権の強化は、コンテンツの供給と消費に関していかなる影響をもたらすだろうか。ここでは、とくに著作権保護期間の長さがいかなる経済性をもつかを論じてみたい。

    もっとも望ましいコンテンツの供給と消費は、財物として優秀で多様なコンテンツが多く創られ消費されることであると考えられる。その多様なコンテンツが、生産財としてはさまざまな産業の生産性を高めることが期待される。消費財としては、消費者が適正な値段で購入できることが望ましい。そのためには、コンテンツの流通システムが確立されることが必要である。工業社会であれば、生産のためのエネルギーと資源が低コストで安定的に供給されることが必要であった。さらには、完成商品の搬送や販売流通システムが効率化・高度化される必要があった。そのために、流通産業はITなどを利用してそれらを実現してきたのである。コンテンツの場合も同様である。有体物としてのコンテンツでは普通の物流と同じであるが、無体であれば、何らかのメディアを使って消費者に届けられることになる。たとえば、電波メディアで送るのが、TVでありラジオである。TVでも、アナログ方式もあればデジタル方式もあるし、BSを利用する場合もあればCSを利用する場合もある。携帯電話や各種の携帯端末の場合でも、同様にさまざまなデジタルコンテンツを受信することができる。有線の場合には、CATVやインターネットがある。

    ここでは主にインターネットの関係に絞ると、各種のコンテンツをいかにして低コストかつ安定的でセキュアに送受信することができるかを考えることは重要である。そのためには、「DRM」(Digital Right Management: デジタル権利管理)が完備されなければならない。インターネットのなかで著作権が守られなければ、有料のコンテンツが流通することを阻害するからである。しかし、どのようなDRMをどの程度実施するのかという判断は簡単ではない。というのは、厳重なデジタル管理を施せば、コンテンツは守られるが、その反面、膨大な管理コストがかかるので、コンテンツの低廉な値段に見合わない恐れがあるからである。すなわち、コンテンツの著作権保護強化と価格の安さとはトレードオフの関係であるといえよう。

    他方、インターネット内には、無料のコンテンツが無数に存在している。まさに純粋公共財としてのコンテンツが存在しており、我々の情報や知識へのアクセスは飛躍的に進んだといえよう。しかし、これはコンテンツの有料化に対しては、強い制約を課することになっているのも事実であろう。多くの旧来型のメディア産業にとって新しい脅威となっているのである。

    結局、優れたコンテンツを多く生産し、それに対する適切な対価がきちんと支払われ、コンテンツ供給者が十分に収入を得られなければ、コンテンツ産業は長期的には成長しないであろう。なぜなら、知識経済社会の発展は、知識創造者・供給者に適切な利益というインセンティブが確保される必要があるからである。

    そこで、知識社会では、いきおいプロパテント政策を採用することになるが、どの程度の保護が適切かは一概には言えないであろう。ここでは、保護期間を長くするのではなく、かえって期間を短くすることによるコンテンツ供給者の利益拡大の可能性を考えてみたい。

    それを示しているのが以下の図表である。

    図表 著作権保護期間を巡るコンテンツ供給者の利益分析

    図表の横軸は、時間(t)を示し、縦軸は、総収入(TR)や総費用(TC)を示している。この図表の前提としては、アナログコンテンツの供給価格は一定と考え、デジタルコンテンツの価格は、アナログのものよりは安くかつ一定と考えている。コストに関しては、アナログは販売量につれて漸次増加するが、デジタルでは変わらないものとしている。

    まず、著作権の保護期間が長期の場合を考えてみよう。現行の著作権では、個人の著作権は個人が死亡後50年間も著作権が存在する(起算点は死亡の翌年の1月1日より)。非常に長い期間保護されるが、ほとんどのコンテンツの価値は事実上もっと短いであろう。一部例外的作品のみが長く価値を保有すると考えられる。そこで、t3時点でこのコンテンツはまったく売れなくなったとしよう。すると、著作権上はまだ長く残存しているが、この期間はなんら価値を生み出さないので、いわば「塩漬けの期間」といえよう。

    これに対して、きわめて保護期間が短いケースを示しているのが、保護期間Sである。この期間では、コンテンツ供給者は十分に利益を上げることができないといえよう。そこでいきおい、売れるコンテンツのみを創ろうとするだろう。すると、学術的なものや高度に芸術的なものは一般的に排除されることになる。とくに、これらのコンテンツは短期間では大きくは売れないが徐々に時間をかけて売れていくものとも言える。しかし、著作権の保護期間があまりにも短いとそのようなものは創れないことになる。これでは多様なコンテンツが生まれる知的基盤とは言えないであろう。

    では、その中間の保護期間Mではどうだろうか。この期間では、△RmECm分ほどコンテンツ供給者の利益は減少することになる。しかし、保護期間が切れた分、その後は多様なデジタルコンテンツをいろいろな人々が作ることが可能となる。図表の例では、△RdmEdCdm分ほど、デジタルコンテンツを生み出すことによって新たに利益が生み出されているのである。この場合、失われた部分と新たに生み出された部分との大小は一概には分からない。しかし、このデジタルコンテンツは誰が創ってもいいし、いろいろな別のコンテンツに作り上げることも可能なので、総和としては大きくなることは十分に考えられる。さらには、もしDRMが低コストで実現できるのであれば、生産者のコンテンツ料金回収の確実さが増す(海賊版コンテンツを抑えられることを意味している)ので、収益性は向上することも考えられるのである。

    これから分かることは、コンテンツの保護期間を一方的に延ばすことが、知的財産立国として必ずしも最適な戦略とは言えないということである。むしろ、著作権の保護期間をある程度短縮化することによって、新しいデジタルコンテンツの創出の可能性を広げたほうが適切であるといえるのである。ただし、上記でもみたように、短すぎる著作権保護期間であると、コンテンツ供給者のリスクが高まり、コンテンツ供給に対する萎縮効果が生まれることも考えられる。そこで、今後は、いかなるコンテンツであればどの程度の保護期間が適切であるのかを、実証的に明らかにする必要があろう。

    総括すると、新しいデジタル環境が新しい価値を生み出すのであるから、多様なデジタルコンテンツを生み出せる環境を整えることが望まれるのである。すなわち、デジタル化によって流通コストを抑え、かつDRMを普及させることによって、著作権の一層の保護と料金の安定的な回収が実現できるデジタル環境基盤を作ることのほうが、より望ましい知的財産権戦略であると考えられるのである。

    (大阪市立大学 近勝彦)

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