【コラム】

IT資本論

66 コンテンツ流通論(7) 生物多様性とバイオパイラシー

    近勝彦  [2005/04/04]

    これまで4回にわたって、地域にある文化資本の意義についてみてきた。そこでは、今後の地域発展には、地域に眠る「自然資本と文化資本」の活性化が欠かせないと述べた。この2つの資本は、ただそこにある(潜在的に存在している)だけではあまり意味がなく、コンテンツ化される必要がある。コンテンツは、強い中心性・訴求性を持つとともに、多様性が極めて重要である。

    そこで、これから3回にわたって、まさにこの「多様性問題」(Diversity Problems)がいかなる国際的課題となっているかを示し、その問題を解く手がかりを論じてみたい。その第1回目は、「生物多様性」(biodiversity)を巡る問題である。

    人類は豊かさを求めて、次々に経済社会を発展させてきた。まず、農業革命に始まり、工業革命そして情報革命を経て今に至る。それによって、確かに先進国の人々の豊かさは飛躍的に高まり、膨大なエネルギーや天然資源の消費を毎年行っている。ただ、そのエネルギーおよび天然資源の大半は、開発途上国からの輸入である。その自然資本供給源である開発途上国は、いまだ先進国と比べるとひとり当たりの豊かさが低い。飢餓線上の人々も億単位で存在しているといわれている。その脱却のために、自然資本の収奪がいまも続いているのである。熱帯雨林は伐採され、湿原は埋め立てられ、そこに住む多様な生物は死滅し続けている。温暖化防止という地球環境維持の面もさることながら、人類共通の資産である生物多様性が損なわれ続けているのである(ちなみに、生物多様性とは、個の多様性、種の多様性、生態系の多様性の3つのレベルがあり、それらが複合的に絡み合っているといわれている)。

    その貴重な生物多様性を破壊する行為を、「バイオパイラシー」(生物盗賊)行為という。

    たとえば、未開の地の中に、難病の特効薬となる野草があったとしよう。それを、米国をはじめとした先進国のバイオテクノロジー企業が目をつけて、密かにその地に入り込み、野草を持ち帰り、バイオテクノロジーによって、薬を生み出したとしよう。それによって、人類共通の敵である難病が克服されるということは人類の発展にとって輝かしい成果である。もちろん、当該企業は、薬草の遺伝子解析と培養などのいわゆる「バイオ特許」を取得するので、巨万の富をいわば独占的に得ることになるだろう。

    この事例の何が問題だろうか。まずは、密かに持ち出した行為が責められるかもしれない。しかし、実際のケースでは、その薬草の存在している土地を合法的に取得した場合もあるだろうし、薬草を現地の人々と売買行為によって取得する場合もあろう。このバイオパイラシーの問題の本質は、その取得方法にあるというのではないのである。ここのもっとも大きな課題性は、先進国のバイオ企業の特許権取得にある。なぜなら、一端、企業がバイオ特許権を取得すると、薬草にもとづく遺伝子資源を排他的に独占できるからである。しかも、独占力をもつために、その薬は通常高価なものとなる。その薬草は、本来現地の人々が先祖の知恵として利用していたのであるが、その人々にはなんら利益にならないばかりか、その薬は高価すぎて地元民には事実上購入すらできないのである。

    そこで、生物多様性をもつ天然資源の保有国(その大半は開発途上国)は、そのような希少生物の様々な権利は保有国にあるべきであると主張し始めたのである。その主張は、「生物多様性条約」(Convention on Biological Diversity、1993年)として結実することになる。その条約の目的は主に3つあり、第1は「地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること」であり、第2には「生物資源を持続可能であるように利用すること」であり、第3は「遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること」である(同条約第1条)。

    これによって、地球規模で生物多様性を保全する国際的枠組みが出来上がったといえよう。しかし、この条約には様々な課題が実は解決されないままとなっている。まず、条約というのは、国家間のいわば契約であるから、条約を批准しない国も存在する。その代表として、バイオテクノロジーのメッカ・米国が条約を締結していないのである。つぎに、数量的な基準値が導入されていないために、生物多様性を保全する活動が明確となっていないのである。その意味では、この条約は実効性を確保しているとはいえない状況であるといえるかもしれない。なぜなら、同条約第15条において、遺伝資源の公正かつ衡平な配分が明記されているにもかかわらず、具体的なフレームや仕組みが完備されていない。また同条約第16条は、知的所有権との両立を謳っているが、その具体的手法が提示されてないのである。

    そこで、先の問題を、先進国の企業が取得するバイオ特許と、遺伝資源の原産国である開発途上国にもなんらかの権利があるとみたてて、その関係を議論してみたい。

    図表 法的権利取得を巡るマトリクス分析

    バイオ特許権は、先進国の国々では何らかの形で認めている。もちろん、特許権を取得するかどうかは企業の自由意志であるが、排他的な独占権を確立するために権利を取得することが多いであろう。そのときに、開発途上国になんらかの権利がなければ、遺伝資源は事実上先進国企業のものとなる。ただそれでは、現地の生物多様性をこれまでのように維持できない恐れも出てくる。なぜなら、これまでは地元の人々が自分たちの健康維持のために大切に種を保存してきたからである。

    しかし、先の条約によって、なんらかの権利性が種の原産国に与えられたといえよう。図表でいえば、左上の象限の状況といえよう。まさに、国内法からくる知的所有権としての特許権と、当該条約に基づくなんらかの権利が衝突・対立する状況といえよう。この場合、どちらの権利が優先するのかということが問題となる。そこで、当該条約は「知的所有権がこの条約の目的を助長しかつこれに反しないことを確保するために、国内法令及び国際法に従って協力する」(第16条)ことを明記しているのである。この規定を素直に読めば、この条約によって根拠付けられた生物遺伝子に関するなんらかの権利は、バイオテクノロジー企業のバイオ特許に優先するようにも読める。

    これらの関係を総括すれば、まさに、知的財産権を巡っての先進国と開発途上国の相克とその解決問題であるといえよう。人類発展のためには、バイオテクノロジーはやはり素晴らしい科学技術であろうが、他方、来るべき知識資本主義社会においては、それが新しい経済格差をもたらす要因として浮上してきているといえるのである。さらには、人類共通の生存基盤である地球環境の保全とそこに住む多様な生物の持続可能状況をいかに作り上げるかということでもある。一言で言えば、生物多様性に関する保全戦略の有効性がまさに喫緊の課題となっているのである。

    次回は、開発途上国の中にある「伝統的知識」や「フォークロア」がなんらかの保護対象になりうるのかということを議論する。こちらは、まさに文化資本の多様性と権利性を巡っての戦いである。

    (大阪市立大学 近勝彦)

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