【コラム】
前回、コンテンツにおいて一極集中的な消費が生じていることを論じたが、今回は、少数の消費者が強い関心をもって消費するコンテンツの本質を論じてみたい。ここではそのようなコンテンツを、「ファナティック・コンテンツ」と呼ぶことにする。もともとファナティックとは、すでに日本語として定着した「ファン」の元になった単語である。ファンがどちらかというと一般的な愛着や興味を示すものとすれば、それよりは強い場合にこの言葉を使いたい。さらに同じような言葉に「エンスージアスティク」(通称エンスー)という言葉もあるが、これよりは弱い関心レベルのものと捉えている(最近オタクという言葉が一般化しつつあり、いわば「軽いオタク」がもつコンテンツに対する興味の強さといえよう)。
ファナティック・コンテンツとして、ここでは「同人誌コンテンツ」を例にとって考えてみたい。同人誌とは「同人(仲間)が属するサークルの中で作り出すサークル誌」のことであり、古くは文明開化の明治期から存在している。この中にはコンテンツの種類によってさまざまなものがある。たとえば、小説、エッセイ、文芸評論、詩、俳句、短歌などの文芸モノから、絵画や写真などの映像系のものもあろう。もっと細かくいえば、同じ写真誌(写真集)であっても、自然を撮影するものもあれば、人物のみを撮影するなどの対象ごとのものもあろう。ここではさらに、このようなサークルによって生み出されるものとしては、現在もっとも大きな潜在的規模(市場規模と人口)をもつと考えられる「アニメ系同人誌」(アニメ・コンテンツ)に焦点を絞って議論を展開してみよう。
かなり前から、漫画やアニメなどの熱狂的なファンは少なからず存在していたし、彼らの活動は大学や高校のサークル活動の一角を占めていたのである。これらはロックやジャズなどの音楽系のサークルと並んで文化系サークルの代表的なものであった。しかし、最近の傾向としては、その存在が純粋のアマチュアベースのものから商業ベースのほうにかなりのものが接近しているのが特徴的であるといえよう(または一部商業的なものとかかわりを持つもの)。たとえば、かつては電気街というイメージであった秋葉原が、いわゆるオタク系のコンテンツ・マーケットのメッカとなりつつある。また、定期的に各地で開催されている同人誌即売会なども大盛況であるという。
アニメ系同人誌サークルの集積量には目を見張るものがある。なぜかくも多くの人々がサークルを形成し、同人誌を出すのだろうか。そしてそのサークルにはいかなる特性があるのだろうか。さらには、ネットによって、この同人誌を支援する活動(ビジネス)がどのような意義をもっているのかを考えてみよう。
その特徴の第一は、サークルが「完結した強い組織」である点である。言い換えると、サークルは強い自律性を備えている。それゆえ、他のサークルとは仲間であるとともに、あるときにはライバルということもある。このようなサークルは趣味でつながった小さい組織であるのが普通であろう。それらの強いファンもそれなりに存在していよう。そこで、同人誌サークルを多数集合させるサイトは、ある意味、サークルのセクトを超えてコミュニティを形成することになる。ここに同人誌市場が成立する。もちろん、営利目的ではないサークルが多数であろうが、自分たちの成果を他者に見せたいという欲求もあろう。または、せっかくある程度のレベルまで到達したのであれば、商業的にも成功する可能性があり、プロやセミプロになる人々も出てこよう。これからいえることは、サークルはプロへの苗床という働きがあり、それを一層促進させるものが、ネット上のコミュニティ・サイトであると考えられるのである。
第二の特徴は、彼らは「プロシューマー」(消費者と供給者を兼ねる存在)という存在である点である。彼らは、自分たちで作品を作り出すとともに、同じ趣味をもつサークル内外の人々の作品を消費する主体でもある。もちろん、同人誌(同人サークル)は唯一無二のものであるから、究極的には生産と消費は同一にならざるを得ないのである(それゆえ、自給自足的特徴をもつといえよう)。しかし、サークルから生み出された同人誌を読み眺めるという、もっぱら鑑賞のみをおこなう多数のファン層も存在しているのである。これが同人誌の商業化を支えて、市場化をもたらしている母体であるといえよう。
第三には、すでに述べたように同人性とは、原則「アマチュア性」であり、それゆえに商業誌とは区別されることが多い。すなわち、容易にプロ化されえないものであるといえよう。もちろん、作品のレベルが商業レベルにないということが最も大きな理由であろうが、一方、商業誌における制約を嫌うという面もあろう。すなわち、商業誌であれば、不特定多数の人々の興味と関心を満たす必要があるために、ある程度一般受けする内容や表現に変えなければならないこともあろう。それに対して、同人誌であれば、まさに表現の自由を追求できるのである。彼らが好む内容や作風や表現手法を自由に追求・展開できるのである。
このような特徴をもつサークルから生み出される同人誌をネットによって支援する意義はどのようなものだろうか。まず作家の発掘が考えられる。一般的には、大手出版社などが賞などを創設してそれに応募してきた作品の中から優秀なものを選び、彼らを新人作家として登用してきた。または本人が大手出版社に企画や漫画を持ち込んで、そこからプロの漫画家が生まれていた。ネットであれば、より垣根の低い形で有望作家を見つけ出し、育成することができるのである。コンテンツは経験財や信用財であるとすでに述べたが、どの作品がどの程度市場に受け入れられるのかは実際に出してみるまでは分からないことが多い。そこで、まずはネットに掲載し、それを不特定多数の人々に読んでもらうことによって作品の評価を行うとともに、作品のレベルを向上させることができると考えられる。このようなネットは、いわばコンテンツの選別と育成という機能(選抜・教育機能)をもっていると考えられるのである。
つぎに、ネットの中に同人誌の市場が形成できれば、需要者と供給者ともにメリットがある(これについては次回分析する)。さらには需要者と供給者を結ぶサイトは情報の結節点となり、コンテンツが流通すればするほど利益を得る(売買仲介料のようなものを得る)ことができる。需要者と供給者も取引費用は取られるが安心して取引ができる可能性が高まるのである。いわゆるインフォミディアリーのような市場創設者(市場管理者)が今後いくつも生まれてくる必要があろう(いわなくとも生まれつつあるが)。
どちらにしても、同人誌コンテンツ市場は、それぞれ強い個性と興味によって作られているのであるから、この市場がもっと拡大するためにはもっと強いファンを作り出すことが求められているといえよう。まさに、ファナティックな読み手を作り出していかなければならない。そのためにはもっと「ひとり勝手のコンテンツ」が生まれてほしい。別の言い方をすると、模倣ではなく、独創性と異質性が高い多数のコンテンツの出現を待っているのである。これはよく考えれば、同人誌がまさに同人誌であるゆえんでもある。それゆえ、安易な市場化やネット化は、コンテンツの質の向上という面では、諸刃の剣であるといえなくもない。
(大阪市立大学 近勝彦)
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